零れた欠片が埋まる時
第38話 清香、人生最長の一日(4)①

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「お待たせしました。今開けますので」 「遅い! ……って、その声。まさか聡君?」  マイクを通して、下のエントランスから戸惑いの声を伝えて来た真澄に、聡が促した。 「話は後です。取り敢えず、上がって下さい」 「分かったわ」  そして浩一を引き連れて、上がってきた真澄を玄関で出迎えた聡は、予想に違わずそこで問い質される事となった。 「一体、どういう事? あなたがここに居るなんて。第一、清香ちゃんは? ちゃんと帰宅しているわよね?」 「はい、彼女から柏木邸でのあらましは聞きました」 「それで君はどうしてここに?」  不審げな浩一の問い掛けに、聡が思わず顔を引き攣らせる。 「実は……、兄と色々突っ込んだ話をしている所に、清香さんが帰宅しまして、俺達の関係がバレて、少し前に洗いざらい吐かされました。その結果、清香さんは自室に閉じ籠もって、返事もしてくれません」  半ば自棄になって聡が簡潔に語った内容に、真澄と浩一が深々と溜息を吐き出す。 「……何て間の悪い」 「二人揃って、大馬鹿野郎ね」  そんな事を言い合いながらリビングに足を踏み入れた真澄は、ソファーで彫像と化している清人を指差しながら、聡に小声で尋ねた。 「それで? あのすっかり燃え尽きているのは何なの?」 「それが……、清香さんに『最低』とか『大嫌い』とか罵倒されたのが、相当ショックだったみたいで……」  清人からも真澄からも視線を外しつつ、聡が状況を説明すると、柏木姉弟が清人に憐れむ視線を向けた。 「絶対、清香ちゃんから言われた事はないでしょうしね」 「ある程度予想はしていたが、これほどとは……。ちょっと清香ちゃんの様子を見て来るよ」  そう言って浩一は清香の部屋に向かい、真澄は一人で暗い空気を漂わせている清人に歩み寄った。 「お邪魔するわ」  その声に清人はゆっくりと顔を上げ、向かい側のソファーに座った真澄に、僅かに殺気の籠った視線を向けた。 「真澄さん? 清香を泣かせましたね?」  しかしその程度の恫喝は予想の範囲内だった為、真澄は平然と問い返した。 「それについては全面的に謝るけど、今それについて四の五の言っている場合じゃ無いんじゃない? 下手したら清香ちゃん、人間不信になりそうよ?」 「……どうすれば良いと言うんですか」  すぐに殺気を消して再び項垂れた清人に、真澄は舌打ちしたい気持ちを懸命に堪える。そこで慎重に聡が清人の横に腰を下ろすと、清香の様子を見に行っていた浩一が、リビングに入ってきた。 「駄目だね、内側から鍵がかかってるし、呼び掛けても応えない」 「取り敢えず、引っ張り出すしか無いわね」  溜息混じりに浩一が真澄の隣に腰を下ろすと、真澄がきっぱりと言い切った。それに清人が、怪訝な視線を向ける。 「どうやってですか?」 「私に任せてくれない? 古事記や日本書紀の時代から、扉の向こうに隠れた大御神を誘い出すのは、女神の役目と決まっているでしょう?」 「……はあ?」  清人と聡は怪訝な顔を向けただけだったが、浩一はきょとんとしながら、隣に座る姉に疑問を呈した。

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