零れた欠片が埋まる時
第20話 彼女と彼らの事情②

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 リストアップされた場所の写真を全て撮り終えた恭子は、正門に向かう道の途中で足を止め、友之に礼と別れの言葉を告げた。 「松原さん、お付き合いありがとうございました。ここで失礼させて頂きます」 「ああ、それじゃあ気をつけて」  そうして軽く一礼して歩き出した恭子の背中を見送った友之は、逆の方向に歩き出しながら携帯を取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。 「友之です。全て終わって、今そちらに行きましたから。……ええ、それでは」  そして笑いを堪える表情で、恭子が姿を消した方向を眺める。 「全く……、親友だからって、揃って面倒な女性に惚れなくても良いのに。それともある意味、これが正真正銘の類友か?」  友之が一人でそんな事を呟いていた頃、正門を抜けて最寄り駅に向かおうとしていた恭子は、予想外の人物に遭遇した。 「川島さん、今終わったんですか?」  その声に斜め後ろを振り向くと、先程別れた筈の浩一が歩み寄って来る所で、恭子は少し驚いた。 「浩一さん? お帰りになったんじゃ無かったんですか?」 「ええ。清人と待ち合わせた講堂に真っ直ぐ向かったので、どこも見物していなかったものですから」 「ああ、そうでしたか」  説明した浩一の手に、大学祭のパンフレットが丸められているのを眺めた恭子が頷くと、浩一が予想外の事を言い出した。 「これから自宅にお帰りですよね? 近くに車を置いてあるんです。良かったらお送りしますよ?」 「大丈夫です、最寄り駅がすぐそこですし」 「あそこからだと、乗り換えが必要ですよね? 渋谷まで出れば井の頭線一本で行けるでしょう?」  浩一がそう言った時、恭子は笑顔を消して若干不審気に相手を眺めやった。 「……私の住所を、ご存知なんですか?」 「以前何かの折りに、清人から最寄り駅名を聞いた事があったので。最近、引っ越しとかされましたか?」  淡々と逆に問い返してくる浩一に、恭子は言葉少なに否定する。 「いえ、そんな事は」 「それなら渋谷までお送りします」  そこで恭子は幾らか躊躇う素振りを見せてから、軽く頭を下げた。 「それでは、ご迷惑でなければお願いします」 「構いませんよ。どうぞ」  そうして二人はポツポツと当たり障りの無い世間話などしながら駐車場に移動し、浩一のメルセデス・ベンツW221に乗り込んで移動を開始した。  助手席に乗せた恭子が、特に車に対しての感想など口にせず、微動だにしないで前方を眺めているのを横目で見て、浩一が小さく溜め息を零してから問い掛ける。 「その……、川島さん。最近清人の奴に、無茶な事をさせられていませんか?」 「そう言われましても……。どれ位最近の話で、どの程度無茶な事でしょうか? 今年に入ってからだと、山岳救助隊の訓練体験とか、高層ビルの窓拭きとか、早食い大会へのエントリーとか、走り屋相手にチキンレースを挑んだりとか。後は」 「はあぁ!?」 「きゃあっ!」  怪訝な顔で思い付くまま話していた恭子だが、浩一が驚きの声を上げて力一杯急ブレーキを踏んだ為、前のめりになってからシートベルトによって座席に勢い良く引き戻された恭子は、小さな悲鳴を上げた。 「どうしたんですか、浩一さん」 「すみません! でも今の、チキンレースって何ですか!?」  路肩に車を止め、顔色を変えて詳細を聞き出そうとした浩一に、恭子は淡々と答えた。 「作品の登場人物の臨場感を出す為に、一つ体感してみてくれと言われまして」 「あいつ…………、やりたかったら自分でやれよ!」 「先生曰わく『俺に万が一の事があったら清香が一人になるから、危険な事は極力避ける事にしている』だそうです」 「……そういう奴でしたね」  憤慨した表情を見せたものの、恭子があくまでも淡々と事実を述べる為、浩一は諦めて溜め息を吐いた。 「川島さんは、そういう事をさせられて平気なんですか?」 「それは……、やはり大変ですし困りものですが、保険金は先生を受取人にして十分かけてあるそうなので、私が死んだらそれでお墓を立ててくれるそうですし、今の所特に不満はありません」  あっさりと言い切った恭子を、浩一は一瞬痛ましいものを見るような目つきで眺めてから視線を前方に戻し、ゆっくりと車を発進させた。そして再度流れに乗せてから、静かに口を開く。 「川島さんは……、最近、生活必需品以外に何か買われましたか?」  そんな唐突な話題の転換に、流石に恭子は戸惑った。 「あの……、消耗品とか仕事上必要な物以外、と言う事ですか?」 「ええ」 「ありません。でも、それがどうかしましたか?」  あまり考えもせず答えた恭子に、浩一が溜め息を堪えながら再度問い掛けた。 「質問を変えます。最近欲しいと思った物や、やりたいと思った事はありませんか?」 「はぁ……、そうですね。今日出ていた清香ちゃんが作ったアレンジは素敵でしたね。時間があれば清香ちゃんに教えて貰いたいですけど、今現在小笠原絡みで色々先生からの指示が多くて、当分は無理みたいです。それがどうかしましたか?」  事も無げに言い切った恭子に、浩一は何か苦い物でも飲み込んだ様な表情で続けた。 「いえ、なんでもありません。……清人の無茶振りが、年々エスカレートしているみたいで、すみません」 「別に、浩一さんに謝って頂く筋合いではありませんから」 「まあ……、それは、そうなんですが……」  不自然に言葉を濁した浩一を、恭子は再度怪訝な顔で見やったが、ここで目的地付近に到着した事に気が付いた。 「浩一さん、ありがとうございました。この辺りで結構ですので」 「分かりました。今、歩道に寄せます」  そして止まった車から、礼を述べて降りようとした恭子に、背中から浩一の声がかけられる。 「まだ、大事なものは作れませんか?」 「え?」  咄嗟に運転席を振り返り、些か厳しい探る様な視線を向けてきた恭子から、浩一は不自然に顔を逸らして別れの言葉を告げた。 「……いえ、何でもありません。お気を付けて」 「ありがとうございます」  そうして頭を下げてから車が走り去るのを見送った恭子は、幾分不機嫌そうに駅に向かって歩き出した。

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