零れた欠片が埋まる時
第22話 男のプライド②

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「話しかけても上の空なので……。ひょっとして、運転で疲れましたか? それとも、お仕事の疲れが残っているとか……」  その問い掛けに、聡は慌てて首を振った。 「ああ、ごめんね。ちょっと考え事をしていて。何かな?」 「そろそろ道場が見えてきました。あれです」 「あれかい? へえ……、思っていたよりも本格的だね」  清香が指し示す先には、昔ながらの町並みに突然出現した、かなり立派な門柱の向こうに、広い戸口を開けている白い壁と瓦葺きの道場が見えた。聡を促してその門を通り抜け、清香が開けっ放しの玄関に入り靴を脱いで下足箱に入れると、躊躇う事無く奥の引き戸を開けて元気良く声を放つ。 「師匠、こんにちは----っ!」  中からは勇ましい掛け声や衝撃音が響いていたが、清香がそう叫んだ途端、その喧騒がピタリと静まり、少し離れた場所からカラカラと笑う声が聞こえてきた。 「おう来たな、嬢。珍しく彼氏連れとは、骨のある男も居たものだ。ほら、遠慮せんで入れ」 「かっ、彼氏って! そんなんじゃ!」 「本日は、お邪魔させて頂きます」 「あのっ! 聡さん!?」  清香が一人で狼狽えている間に、聡は声をかけてきた小柄で白髪の老人がここの責任者だろうと見当を付け、スタスタと歩み寄って頭を下げた。  そして男二人で何やら小声で言葉を交わしている間に、柔道着姿の小学生から中学生位までの少年達が、清香の周りにわらわらと集まって来る。 「さや姉、久し振り--!」 「あ~、師匠が言ってた通り、男連れ~」 「清人さん公認? んなわけ無いよな~」 「ねえ、本当に彼氏?」 「でも絶対、清香さんの方が強いよね?」 「あ、あのねぇぇっ!」  好き勝手に言われて、さすがに清香が切れかけた時、何やら話が纏まったらしい聡と清香の柔道の師匠である槙村が、笑顔で声をかけてきた。 「それじゃあ、嬢! 儂はこのボンを連れて更衣室に行っとるぞ。貸す奴は、いつもの所に置いてあるから勝手に使え!」 「あ、はい。分かりました」 「牧村さん。そのボンと言うのは……」  控え目に主張してきた聡に、槙村が真面目くさって言い返す。 「嫌かの? なら小僧、若造、若いの、ハナタレ」 「お好きな様に呼んで下さい」 「うむ、人生諦めが肝心だからの」  そう言って槙村が高笑いしながら聡を引き連れて道場を出て行くのを見送った清香は、自分も周囲を振り切って更衣室に飛び込んだ。 「それじゃあ、これを使って貰おうかの。使い終わったらこちらで洗濯するから、そのまま置いて行って構わん」 「ありがとうございます。お借りします」  更衣室に入ってすぐ、準備されていた柔道着を槙村に手渡され、聡は素直に礼を述べた。そして視線で示された棚に脱いだ服を畳んでしまっていく。何故か柔道着を渡した後もその場に居残っていた槙村は、インナー姿になった聡をしげしげと眺めてから、徐に口を開いた。 「少々、尋ねても良いかの?」 「はい、何でしょうか?」 「お前さん、見た目に似合わず、結構引き締まった身体じゃの。何か運動はしとったか?」 「中学から大学までテニスを」  淡々と答えながら下履きを穿いていく聡に、槙村は納得した口調で続けた。 「それなりに、瞬発力と動体視力はありそうじゃな。ちなみに柔道の経験は?」 「中高一貫の男子校だったので、体育の授業でそれなりに」  何故か苦い物を含む様な言い方に、槙村は面白そうに口許を歪めながら話を続けた。 「なかなか、偏った指導をされてそうじゃの。受け身の取り方と寝技からの抜け方は、散々やらされて結構上手くなったとみた」 「どうして断定口調なのか、お聞きしても良いですか?」  嫌な予感を覚えた聡が上衣の袖に腕を通しながら尋ねると、槇村は事も無げに言い切った。 「お前さんみたいに、金持ち顔良し頭良しだと、体育会系の嫉妬を一身に受けて、散々しごかれそうじゃからの。違っとるか?」 「……ご想像にお任せします」  思わず顔を引き攣らせた聡が答えると、相手はわざとらしく目を見開き、感心した様に言ってのけた。 「清人の奴と違って素直じゃの。『金持ち顔良し頭良し』の所を否定せんとは」 「………………」  もう何も言う気がしなくなった聡は、黙って白い帯を締めた。そして連れ立って道場に戻ると、殆ど同時に清香も戻って来たのを見て、槇村が指示を出した。 「じゃあ儂は子供達に稽古をつけてくるから、お前達は体を解しておけ」 「分かりました」  頷いて道場の隅の方に移動した二人は、二人一組でストレッチを始めた。 「じゃあ始めましょうか」 「ええ。……清香さん、先生もここに通っていたんですね。どれ位ですか?」  柔軟体操をしながら聡が尋ねると、清香は体を折り曲げて考え込みながら答えた。 「えっと……、期間の長さなら十歳の頃からです。強さなら二段ですね」 「黒帯ですか……」  淡々と口にされた言葉に、聡は思わず溜め息を吐いた。両手を組んで互いに引っ張り合い、筋を伸ばしながら、清香が当然の如く話を続けた。 「最近は何ヶ月かに一度、ここに顔を出す位ですけど、学生の頃は週に何回も通っていました。講道館にも月に何回か、形の指導を受けに通っていましたね」 「相当強いみたいだね」  聡がそう口にした瞬間、清香は繋いでいた手をパッと解き、満面の笑みで聡に訴えた。 「ええ、もう、とても格好良いんですよ!? バッタバッタと相手を投げ飛ばしているお兄ちゃんは! 近所のお姉さんやおばさん達が、私設ファンクラブを作っていましたし!」 「そうだろうね……。因みに清香さんは?」  多少やさぐれた心境に陥った聡が、話を逸らそうとしたが、更に落ち込む結果となった。 「私、ですか? 中学に入ってすぐに引っ越して、近くにめぼしい道場も教室も無かったんです。それでも以前は週一でここに通って来てましたが、流石に最近は真面目に通って無いので、二級止まりです」 「それでも立派だと思うけど」  真顔で告げられた後は、少しの間黙々と準備運動をしていたが、一区切り付けて深呼吸した所で、タイミング良く槙村から声がかけられた。

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