零れた欠片が埋まる時
第33話 舞台裏③

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 その日の夕刻、ブリーフケースを手に提げた清人が、予約していた料亭の個室に入ると、何故かそこには予想外の人物まで存在していた。 「随分遅かったな、清人。後十分来なかったら、確認の電話を入れようと思っていたところだ」 「何か飲みますか? 俺達は先に《六華の舞》と《越の剣峰》を飲んでいましたが」 「ここ、料理も旨いけど、酒もなかなか良いのを揃えていますよね」  途端に仏頂面になり、空いていた浩一の正面の席にドサリと腰を下ろした清人は、ブリーフケースの中からモバイルPCを取り出し、既に料理が置かれていた卓上の隙間で何やら起動させ、次いでラジオのような物を乗せてダイヤルを調整しながら、問いを発した。 「一つ聞いて良いか? 一人で料亭を予約したら流石に不審に思われるから浩一を誘ったんだが、どうしてお前達まで居るんだ?」  それに対し、まず浩一が言いにくそうに弁解する。 「いや、だってな? 男二人で個室ってのも、変な風に思われそうで……。それで声をかけたら、友之と正彦が空いてるって言うから」 「ご馳走になります」 「いや~、タダ飯とタダ酒は、本当に旨いよな~」 「…………浩一?」  杯を傾けながらの、招かれざる客である二人の脳天気な台詞に、清人の顔が凄みを増す。それを真正面から受けた浩一は、諦めて溜め息を吐いた。 「……二人分は俺が払う」 「当然だ」  そうして音声を発し出した機械とPCで表示出されている内容について、他の三人から逆に質問が発せられる。 「ところで、俺も聞きたいんだが。指定されたここに入ってこっそり廊下の様子を窺っていたら、隣の部屋に清香ちゃん達が入って行って驚いたぞ。どうして聡君の予約先と、部屋まで分かったんだ?」  その浩一の問いに対し、清人は片手でPCの画面をスクロールさせて内容を確認しつつ、手酌で杯を傾けながら事も無げに答えた。 「あいつの身辺を徹底的に探って、これまでのデートや商談、接待などで使った店をピックアップしただけだ。その中の和食の店に片っ端から予約を入れた」 「入れた、って……。他の料理の店だってあるだろう」  浩一が怪訝な顔を見せた時、先ほど清人が調整していた見慣れない機械から、どう考えても清香と聡の声としか思えない会話が聞こえてきた。 「……嬉しい! 久し振りに和食が堪能できて。しかも本格的だし」 「絶対和食と言われてここにしたけど、そんなに喜んで貰えて嬉しいな。最近、あまり和食を食べて無かったの?」 「そうなんです。うちは基本朝食は和食なのに、この五日は全部パンばかりで! しかも夕食も『俺は最近辛味に目覚めた』とか訳の分からない事を言って、南米料理やら韓国料理やらインド料理ばかりだったの。やっぱり最近のお兄ちゃん、どこかおかしいわ! 日本人の味覚の基本は、鰹節と昆布よっ!!」 「……そうだね」  それを聞いた浩一は、呆れた目を清人に向けた。 「確実に和食を選ばせる為、清香ちゃんに和食断ちさせたか……。可哀想だろう」 「背に腹は代えられん」  溜め息を吐いてそれ以上質問を続ける気を無くした浩一に代わり、その横に座っていた友之が疑問を投げかけた。 「ですが、和食と言っても何店も候補があったのでは? しかも当然の様に隣室の会話を盗聴できている理由を、教えて頂きたいんですが」  それに対しても清人は小鉢の中身をつつきながら、飄々と答える。 「候補店全部に予約を入れた時、ここの女将が昔付き合っていた女だったのが分かった。その誼であいつが予約を入れたら、連絡を貰える様に頼んたらビンゴでな。即座に、他はキャンセルした」 「それで? 昔の誼で隣の部屋を押さえた上に、盗聴器のセットも頼んだんですか?」 「俺は誰とでも円満に別れてるからな。仲居とかを一から口説く手間が省けて助かった」 「……良く分かりました」 (必要なら、その為だけに口説く気満々だったんだ)  呆れた表情を隠しもせず、清香達の会話を肴に黙々と食べ始めた友之に代わり、これまで清人の隣の席から身を乗り出す様にしてPCの小さいディスプレイを覗き込んでいた正彦が、不思議そうに呟いた。 「……清人さん、今日はずっと二人に尾行を付けてたんですね」 「ああ」 「送付されて来たこの経過報告では『帝日百貨店のVIPルームに入ってから、恐らく従業員専用通路及び隣接関連施設への地下通路使用で脱出し、一時追尾不可。しかしタクシーで移動中を発信機で再び補足』とあるんですが」 「それがどうした?」  相変わらず杯を傾けながら淡々返した清人に、正彦が首を傾げながら疑問を呈する。 「添付されているこの写真を見ると、VIPルームに入る前後で清香ちゃんの服装が、上から下まで見事に変えられていますよ?」 「本当か?」 「ああ。靴やバッグは勿論、ポニーテールにしてたシュシュまで取られて、見慣れないバレッタでハーフアップにしている位だし」  興味をそそられたらしい友之が口を挟むと、正彦は説明をしつつPCを向かい側に向けて押しやった。それを受けて向かい側の二人が、興味深そうにその画面を確認する。 「なかなかやるな……、聡君」 「そこまでして、まだ追尾できたのか? 一体何に発信機を仕込んだんだ? 携帯のGPSは電源を落とせばアウトだし、キーホルダーとか?」  そこに映し出されていた画像を見て思わず友之が感心した様に呟き、浩一が心底不思議そうに尋ねると、清人は箸を動かしながら淡々とその場所を告げた。 「清香は寝る前に、翌日着る物を揃えておく習慣があるからな。夜中に部屋に入って、清香のブラの中に縫い込んでおいた」  それを聞いた途端浩一は箸を取り落とし、友之は飲みかけていた酒を噴き零し、正彦は思わず尋ね返した。 「何でそんな事をしてるんですか!?」 「年頃の女の子の部屋にはプライバシーの面からも必要かと思って、一応清香の部屋のドアに鍵を付けておいたんだがな。普段ロックしていないから助かった」 「いや、そういう事じゃなくてですね!?」  真顔で答えた清人に正彦は声を荒げかけたが、額を押さえて疲れた様に浩一が宥めた。 「……もう何も言うな正彦、放っておけ。疲れるだけだ」 「しかし最近変ですよ? 清人さん。今まではここまで尾行させたり、盗聴まではしていなかったでしょう」 「そこまで骨のある奴が、居なかっただけの話だ」 「そうですか?」 「友之、お前もだ」 「分かりました」  不審そうに尋ねた友之も一応大人しく頷いて黙々と料理を味わう事に専念した為、室内に響くのは盗聴している清香と聡の声のみになった。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません