零れた欠片が埋まる時
第30話 内通者③

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 清人がキッチンに入ると、カウンターの向こうのダイニングテーブルで、真澄と清香が何やら手を動かしながら、語り合っているのが見える。 「それで、ここにこれを通して、捻って? そのままこっちの方向に引っ張って纏めるの」 「こう、かな? ……うん、上手くできた!」 「綺麗にできたわね。早速使えるわよ?」 「ありがとう真澄さん。……あれ? お兄ちゃん。休憩?」  人の気配を感じた清香が振り向いて声をかけてきた為、清人は曖昧な頷きを返した。 「ああ、何か飲もうかと思って……」  そうして清人が黙ったまま、清香が手にしている物に目をやると、それを察した清香が嬉しそうにそれを差し出してみせる。 「チョコを冷蔵庫に入れてからお茶にして、その後真澄さんにリボンフラワーの作り方を教えて貰っていたの。可愛いのができたでしょ?」 「ああ、そうだな……」  サテンのリボンとビーズを束ねて作ったらしい、小さなコサージュの様に見えるそれを、思わず清人は凝視した。 「わざわざ持って来て頂いたんですか? すみませんでした、真澄さん」 「余り物をついでに持って来ただけだから、気にしないで」  そう言いながら、真澄は既にラッピングされている手のひらに乗るサイズの、しかし結構深さのある二つの箱に手早くリボンをかけ、更に結び目の所に、先ほど清香と作っていた物を飾りつける。 「さてと、これで完成」 「うわ~、素敵。売り物みたい、真澄さん」  その出来映えに思わず誉め言葉を口にした清香に、真澄もにっこり笑ってから、持参した袋をごそごそと漁った。そして目的の物を引っ張り出す。 「ありがとう。じゃあ最後の仕上げに、清香ちゃんにこれをあげるわ」 「何ですか? これ」  一見何の変哲もない保冷バッグの様な、銀色で僅かにモコモコしている袋状のそれを、清香は不思議そうに見つめた。すると真澄は仕上げたばかりの箱を、その袋の中に入れながら説明を始める。 「持ち歩く間に、せっかくのデコレーションが崩れたりしたら勿体無いでしょう? これは今度うちで取り扱う新製品なの。ここの横のラインを見ていて?」 「ここですか?」  箱を入れて直立している袋の縁から縁へ横に延びている線を清香が見やると、真澄は左手で袋の左縁を押さえ、右手で右端に付いていた何かのラベルを勢い良く引っ張ると、それは繊維状のものを引き出しながら外れた。そして十秒程してから清香に促す。 「ほら、どうなったのか分かる?」 「え? あ、凄い! 何もしてないのに線の所で密着してる! 不思議」 「凄いでしょう。専用の圧着機とか熱で溶着させないで、出先で手軽に密閉できるの。清香ちゃんを驚かせたくて持ってきちゃった。チョコを入れて保管運搬するのに使ってみて」 「うわ~、面白そう! 早速使ってみます」  ウキウキと清香がそれを受け取ると、真澄が手早く荷物を纏めた。 「そろそろ失礼するわね。迎えが来る頃だし」  そこで唐突に携帯の着信音が鳴り響き、真澄が自分の物をバッグから引っ張り出して時間を確認しつつ、苦笑いで応答した。 「五時ジャスト、さすがね。今降りるわ」  そして再び携帯をしまい込んでから、清香とキッチンでお茶を煎れ始めた清人に向かって、声をかけた。 「下に車が来ているから、失礼するわ。お邪魔しました」  そして下まで送ると言った清香を、真澄は玄関での見送りで押し止め、彼女はすぐにリビングに戻って来た。 「もう少ししたら、夕飯を作り始めるから」 「それは構わないが……、流しも綺麗に片付いているし、終わったのか?」 「うん」 「そうか」  そこで何やら言いたげな清人の気配を察したのか、清香がボソッと言い出した。 「お兄ちゃん、柏木のおじさんのお家ってお金持ちなんだよね? 専属の料理人だって、いるみたいだし」 「そうだな。それが?」 「真澄さんが、厨房に立ち入り禁止の理由……、分かった気がする」  視線を逸らしながら言いにくそうに述べた清香から、清人はキッチン全体に視線を移して眺めやった。そして平然と言い聞かせる。 「まだマシな方だと思うぞ? 短時間で綺麗に片付く程度なんだから」 「え?」  当惑した清香に、清人は淡々とある事実を告げた。 「香澄さんも深窓育ちだったから、結婚当初、家事は壊滅的だったからな。父さんは仕事で忙しかったし、必要に迫られて俺が一通り教えたんだ。……俺はあれで『忍耐』という言葉の、本当の意味を悟った」 「……………………」  清人が真顔でそう告げると、キッチンに不気味な沈黙が漂った。  清香としては(確かにあまり手際良く無かったけど、あれでもマシになった方なんだ)という驚愕や、(十歳の義理の息子に、家事を指導される継母ってどうなの?)という疑問などが頭の中で渦巻いていたが、母と真澄の名誉の為にも、取り敢えずこの話題はここで終わりにしようと気持ちを切り替える。 「えっと……、それじゃあ、夕飯の支度の前に、チョコの仕上げだけやってしまおうかな」  そんな事をわざとらしく口にしながら、清香は冷蔵庫に向かった。清人もそれ以上話を蒸し返す事はせず、無言のまま茶を淹れてソファーへと向かう。  そして清香が冷蔵庫から取り出したトリュフチョコを、ダイニングテーブルで一粒ずつ丁寧に箱詰めし、慎重に包装紙で包みリボンと先ほどのリボンフラワーを付けるのを、お茶を飲みながら何気なく眺めていた清人は、清香が真澄から貰った銀色の袋にその箱を入れた所で、漸く真澄の今回の訪問の意図を悟った。 (しまった……。あんな特殊な物で密封されたら、小細工なんかできないじゃないか!)  真澄が清香にも正確な目的を悟らせず、聡へのチョコへの手出しを完璧に封じてみせた事に気付いて、清人は小さく歯軋りした。 (あいつの肩を持つ気ですか……。それ以前に、それだけの為に、わざわざチョコを作る話を出したんですか……)  清人が、真澄に対する怒りに駆られているなど夢にも思わない清香は、楽しそうに清人を振り返った。 「見てお兄ちゃん! 本当に、一瞬でくっついたわ。面白~い!」 「そうだな。良い物を貰ったな」 「うん! これって緩衝材にもなってるし。せっかく作ったリボンフラワーを、崩さないまま見て貰えるわね」  そんな風に上機嫌で語る清香を、清人は苦々しい思いで見詰めていた。

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