一方の清香は玄関で待機し、チャイムが鳴るのと同時に外を確認して扉を開けた。 「今晩は、清香さん」 「聡さん、お疲れ様です。今から帰るんですか?」 ビジネスバッグを手に提げた姿に、清香は気遣わしげな視線を向けたが、カシミヤの温かそうなコートを纏った聡は、何でも無い様に笑って頷いた。 「うん、でも思ったより早く終わって助かったよ。清香さんが寝てしまう様な時間だったら、流石に悪くてインターフォンで呼び出せないしね」 そう言ってからバッグを開け、中からギリギリ掌に乗る位のサイズの箱を取り出した聡は、清香に向かってそれを笑顔で差し出した。 「はい、メリークリスマス。これまで俺に色々付き合ってくれたお礼も兼ねてるから受け取って?」 反射的に受け取ってしまったものの、包装紙とリボンで綺麗に包まれた長方形の箱に目を落としてから、清香は申し訳無さそうに聡の顔色を窺う。 「本当に良いんですか?」 「勿論。それから先生の分もあるから、後から渡してくれるかな?」 続けてもう一つ、先程の物より幾分小ぶりの箱まで渡されて、今度こそ清香は狼狽した。 「え? お兄ちゃんの分まで用意してくれたんですか?」 「ああ、サインを頂いたり、学祭の時には親しく言葉をかけて貰ったしね。ほんの気持ちだから、受け取ってくれると嬉しいな」 にこやかにそう告げられ、清香は漸く笑顔になって頭を下げた。 「ありがとうございます。……実は、私も聡さんに用意していた物があって」 「本当に?」 そこで清香は予め用意しておいた紙包みを、玄関から奥に続く通路に設置してある棚から取り出し、聡に向かって差し出した。 「あまり高くはないんですけど、マフラーなんです。シルクだから肌触りは良いかと」 それを聞いた聡は、益々嬉しそうな顔を見せる。 「嬉しいな。ここで開けてみても良い?」 「はい、どうぞ!」 そこで早速中身を取り出して確認した聡は、表面に手を滑らせながら満足そうに目許を緩めた。 「うん、良い色合いだね。柔らかいし気に入ったよ、ありがとう」 「どういたしまして。聡さん、上がってお茶でも飲んでいきませんか?」 「……いや、お邪魔をするのは悪いし、今夜はここで失礼するよ。おやすみ」 「おやすみなさい」 清香の誘いを丁重に辞退して、聡はそのままあっさり引き揚げた。それを忙しくて疲れて居るんだろうと好意的に解釈した清香は、素直に二つの箱を手にして大人しく奥へと戻って行った。 そして一人で戻って来た清香を見て、てっきり聡が押しかけて顔を見せるかと思っていた清人は肩すかしをくらった。 「……帰ったのか?」 「うん、お茶の一杯でもと思ったんだけど、今まで仕事で早く帰りたかったみたいだったから、無理に引き止めなかったわ」 「そうだな」 清香の言葉に(さっさと厄介払いができて良かった)とほっとしていたが、ここで意外な言葉を耳にした。 「それでね? 私の物と一緒にお兄ちゃんにもプレゼントを預かったの!」 「俺に?」 「うん! 『サインを頂いたし、学祭の時には親しく声をかけて貰ったし』って。聡さんって、本当に義理堅い人だよね?」 「……それはそうだな」 (嫌みか? 生意気な) 聡の意図が今一つ掴めず、眉を顰めた清人の前で、清香は食事そっちのけで自分用のプレゼントを解き始めた。 「早速、開けてみようっと!」 そしてさほど時間がかからず、清香の目の前に細長い円筒形の物が現れた。 「うわ、可愛いアトマイザー! ボトルの周りが銀の透かし彫りだよ? 凄いっ!」 瞳を輝かせて見せてきた清香に、清人は無難な感想を述べた。 「へぇ……、なかなか良い趣味をしてるな」 「あ、カードが入ってる。えっと、『好みが分からなかったので、中身は今度贈ります』だって。流石社会人の人だと、色々心遣いが凄いよね?」 (今度って何だ、今度ってのは!?) 内心ムカついた清人だったが、表情はまだいつもの顔を保っていた。その為、清香が更に清人の機嫌を悪化させる事を言い出す。 「ねえ、お兄ちゃんのは? 開けてみて?」 「ああ、後からでも」 「今見たいの!」 「……分かった」 キラキラした瞳の妹に半ば脅され、清人はしぶしぶ渡された箱を開けた。しかしその中を見て目が点になる。 「は?」 「え? そんな筈は……」 箱の中にはカードの一枚すら無い空箱状態で、流石に清香も呆然となった。そして清人は懸命に歯軋りを堪える。 (随分ふざけた事をやってくれるじゃないか。意趣返しのつもりか?) その瞳に危険な物が浮かんできた時、清香が突然バタバタと自室に駆け込んだと思ったら携帯片手に戻り、電話をかけ始めた。 「これは何かの間違いよ。ちょっと聡さんに聞いてみるから!」 「止めろ清香。プレゼントの中身についてどうこう言うなんて、相手に失礼だろう?」 「だって聡さんがわざと空箱なんて、寄越す筈が無いもの! 後で気が付いて慌てるかもしれないわ。……あの聡さん? 清香ですけど…………。ええ、実はプレゼントの件で……」 一応清香を窘めたものの、聡がどう弁明するのかを少し意地悪く眺めていた清人だったが、あまり清人の思った方向に話は進まなかった。 「あ、そうだったんですか?びっくりしちゃいました。…………じゃあ、私はもう休みに入りましたし、来週にでも聡さんの会社の近くまで行きますね?」 「おい、清香!?」 予想外の台詞を清香が発した為、慌てて清人が口を挟もうとしたが、話し中だった清香はそれを半ば無視した。 「……いえ、構いませんよ? 今日はわざわざ家にまで来て貰いましたし。…………ええ、それじゃあまた」 そして通話を終わらせた清香は、笑いを堪える表情で清人に向き直った。 「聞いてお兄ちゃん、笑っちゃったわ」 「何だったんだ? 一体」 「聡さんったら、お兄ちゃんにはカフスボタンを用意してたんだけど、間違って来週の忘年会でやる予定の、ビンゴゲーム用のサプライズ景品として準備した箱を、渡しちゃったんですって」 そう言ってクスクス笑っている清香に、清人が面白く無さそうに呟いた。 「……随分、うっかり者なんだな」 「本当、時々聡さんって可愛いよね」 「可愛い?」 清香のその台詞にピクリと反応した清人だったが、当の本人は笑いを堪えるのに精一杯だった。 「空箱でしたって言った途端、凄い狼狽してたのが電話越しにも分かったわ。『先生に失礼な事をした』って。きっと顔色は真っ青だったわよ?」 「まあ、当然かもしれんな」 「『一度家に戻って本来の物を届けるから』と言ってくれたけど、只でさえお仕事で疲れてるのに、流石に悪いじゃない。だから来週聡さんの会社の近くに、聡さんの休憩時間に合わせて出掛けて、プレゼントを受け取る事にしたわ。『近くにランチの美味しい店があるから案内するよ』って言われたし」 「俺は宅配とかでも、一向に構わんが?」 殆ど呻くように清人が意見を述べたが、清香は腕組みをして頷きつつ、真面目くさって答えた。 「私もそう思ったんだけど、聡さんが『失礼をした上にこれ以上不義理な事は出来ないから、是非とも手渡ししたい』って。本当に真面目な人だよね、聡さんって」 (やっぱり、わざと空箱を仕込みやがったな、あの野郎……。小芝居までして上手く清香を丸め込みやがって、そんなに力尽くで排除されたいのか!?) そうして「仕事納め前だとここら辺かな」と上機嫌でカレンダーを眺めている清香は、未だ清人の怒りの大きさと深さに気が付かないまま、新年を迎える事になった。
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