零れた欠片が埋まる時
プロローグ ~知られざる邂逅(後編)

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「だれが連絡なんか取るか! あの人で無し野郎どもにっ!!」  その怒声に集会場内が静まりかえり、先程挨拶して帰りかけていた三人組と、それと入れ替わりに目立たぬように集会場に入ろうとしていた一人の老人の動きが止まった。 「おばさん!」 「なっ、何っ!? 清香ちゃんっ!」 「おばさんが結婚してここに住み始めたのは、私が産まれた後だから知らないと思うけど、母の家族っていう人達はね、お金持ち特有のもの凄く選民意識に凝り固まったどうしようもない連中なの! 一人娘が結婚しようとしている相手が十五も年上のバツイチ子持ち男だと知るや、その職場に圧力掛けて首にさせ、借りていたアパートの大家に金を掴ませて無理やりたちのかせ、ここに住み始めてからは人を雇って悪質なデマビラを撒き散らして子供が学校でいじめられるようにしむけ、何度電話番号をかけても無言電話を掛けまくるような、非常識かつ不見識な人間の集団なの! お母さんから洗いざらい聞いているし、昔から居る団地の主だった人達は、皆知ってるんだから!」 「そ、それはなかなか、大変だったのね……。全然知らなかったわ」  思わずドン引きになりながらも相槌を打った相手に、清香は泣き叫びながら畳み掛ける。 「お父さんは間違っても人の悪口なんか言わない人だったから、その話を聞いている横で『子供に向かってそんな事を言うのは止めなさい。それにそれだけ大事な一人娘を奪ったんだから、当然の仕打ちだと思っているから』って笑っていたけど、お母さんは未だに怒ってたんだから。結婚の許しを得ようとお父さんがお兄ちゃんを連れて自分の実家に挨拶に行った時、よってたかってお父さんをボコボコにした挙げ句、お兄ちゃんの腕まで折った事!」 「えぇ? そんな事があったの?」 「ああ、三木本さんもここに来てから十年以内だったから、知らなかったのね」 「ここの団地内では有名な話よ?」 「その頃、清人君は小学生だったのに、酷過ぎるでしょう?」 「本当に、幾らなんでも人間性を疑われるわよ」  奥まった給湯室でお茶出しをしていた他の女性達も騒ぎに驚き出てきたが、清香の話を聞いて揃って顔を顰めつつ同意を示す。その声に重なるように、清香が声を振り絞って叫んだ。 「そんな人達、焼香に来たって一歩たりとも上げさせるもんですか!! どうせ『それみた事か、こんな貧乏暮らしの上早死にするなんて馬鹿な奴だ』とかなんとか、せせら笑う為に来るに決まってるんだから! もし来たら頭から灰を撒いて、叩きだしてやるわっ!!」 「清香! 何を騒いでるんだ!?」 「お兄ちゃん!」  その時、どこに姿を消していたのか慌てて集会室に入って来た清人が清香に駆け寄ると、とうとう緊張の糸が切れたらしい清香が抱きついて盛大に泣き出した。  その自分の腕の中にすっぽりと埋まる小さな体を抱きかかえ、背中をさすってやりながら、先程断片的に聞こえてきた清香の叫びの影響を考え、清人は小さく溜息を吐いた。そして部屋に駆け込む時にすれ違った何人かの人間に、肩越しに視線を向ける。  案の定全員が、未だ蝋人形の如き表情で固まっていた。その者達にほんの僅かの罪悪感を覚えた清人は、謝罪の気持ちを視線に乗せ、清香を抱きかかえたままごく軽く頭を下げてみせたのだった。

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