そして土曜日の夜。 再び清人達のマンションを訪れた友之の前に、前回と見た目が変わらない料理を並べた清人は、全ての料理に口を付けた友之に、静かに問い掛けた。 「どうだ?」 それに友之が半ば唸る様に感想を述べる。 「……清人さんの料理の腕も、食材の質も流石です。この前の物とは全く見た目が同じなのに、鮪の刺身も、海老すり身入りの厚焼き卵も、貝柱のサラダも、鯛の香草蒸しも、この前の物とは完全に別物です。食材の質が良くても、料理の腕が悪ければここまで素材本来の旨味を引き出せません」 「当然だ」 殆ど手放しでの賞賛を受けた清人だったが、素っ気なく応じただけだった。しかしその様子を見た清香が、心底ほっとした様に声をかける。 「……よ、良かったね、お兄ちゃん」 「ああ」 そこで友之は清香の異常に気がついた。 「清香ちゃん、どうかしたの? 何となく顔色が悪いような気がするんだけど」 「う、うん……、大丈夫、だよ?」 「そう?」 (それにしては、何となく笑顔が強張っている気がするんだが) 密かに首を捻った友之に、清人がどこからか取り出した封筒を差し出した。 「それじゃあこれが、今回の請求書だ。一週間以内に、同封しているメモに書かれた口座に振り込んでくれ」 「分かりました」 それを友之は素直に受け取ってから、清香の様子を窺いつつ清人の料理に舌鼓を打った。 そして無事食べ終わると、清人が食器を重ねつつ立ち上がる。 「食後のお茶を淹れてくるから、待っていろ」 「ありがとうございます」 軽く友之が頭を下げると、清人はあっさりとキッチンへ消えた。そして何となく手持ち無沙汰になった友之が、先程渡された請求書を思い出し、封筒から中身を引っ張り出してみる。 (さて、どれ位請求されたのかな? まあ一食分なら大した事は……) 「………………」 しかし請求書を目にした友之は、そこに書かれた金額を目にして固まった。そこで恐る恐ると言った感じで、清香が声をかけてくる。 「友之さん、どうかしたの?」 「清香ちゃん、ちょっと聞いても良いかな?」 「……うん、何?」 控え目に尋ねた友之だったが、何となく質問される事を予想していた様に、僅かに清香が目を泳がせた。 「今日の食材、どれだけの量を購入したか知っている?」 その問い掛けに、清香はダラダラと冷や汗を流しながら話し出した。 「あの、ね……。今日の午前中、管理人さんにここのマンションの五十戸全部屋に連絡を入れて貰って、集会室で無料配布会をしたの……」 「何、それ?」 何となく次に続く内容が想像出来た友之だったが、一応尋ねてみた。すると清香が物凄く言いにくそうに続ける。 「お兄ちゃんが『両親が急逝して、自分が引き取った妹を慰めるつもりで、物知らずで馬鹿な従兄弟が、食材を大量に送りつけてきて困っているんです。腐らせるのも勿体ないので、宜しかったら皆さんで好きな物をお持ち下さい』と言いながら配ったの。学生時代に魚屋でバイトして捌き方は分かっていたし、その時に知り合った仲買人の人に、最上級の物を築地で競り落として貰ったって……」 「へぇ……、そうだったんだ……」 (物知らずの馬鹿って言うのは、俺の事ですよね?) 思わず遠い目をしてしまった友之に、清香が説明を続ける。 「配る前に一番良い所や物はうちでより分けて、他を集会室に集まった人達に、豪快に配ったの。全世帯から誰か一人は参加していて、これまでに隣近所の人とは顔を合わせていたけど、一気に顔見知りが増えちゃった。おばさん達からは『お兄さんに話しにくい事があれば、いつでも相談に乗るからね!』と言われたし、同じ中学の三年生のお姉さんも居て、『いじめられたりしたら、相手を締め上げてあげるから、遠慮なく言いなさいよ?』って仲良くなったの」 「……それは良かったね」 「でも……、鮪は丸々一匹を机の上にビニールシートを敷いて解体しちゃうし、他の食材も全部大きな発砲スチロール箱に入っていて……。後からお兄ちゃんに聞いたら、予算度外視で競り落として貰ったって言ってたから……。最終的にどれ位かかったの?」 ここで如何にも心配そうな顔を向けられた友之は、清香が負担に感じないように、精一杯笑顔を取り繕った。 「いや、大した事は無いよ? 払えない金額ではないから、そんなに心配そうな顔をしないで、清香ちゃん」 「そ、そう?」 「ああ。清香ちゃんの御披露目代としては妥当だよ。親切そうな人達と、知り合いになれて良かったね」 「うん、ありがとう友之さん」 ここで清香は漸く心からの笑みを浮かべ、友之も(まあ、仕方がないか)と諦めながら笑い返した。 ※※※ 「結局、月給ひと月分以上の請求をされてしまったから、サラ金で借りるのも馬鹿らしくて、父に事情を話して立て替えて貰って、毎月少しずつ返済した。おかげで父には『勝てない相手に喧嘩を売る奴があるか』と説教され、母には『あなたの鼻をへし折るのは、やっぱり清人君位のものよね』と笑われたんだ」 それを聞き終えた周囲の者達は、口々に慰めの言葉をかけた。 「相手が悪かったな……」 「どれだけ大枚を払って購入したのよ。マンション中に清香ちゃんを効果的に紹介する機会だからって……」 「やっぱりあの人の辞書には、限度と節度って言う言葉は無いな」 「本当に手段を選ばないし、金に糸目をつけない人だよな?」 「いや、清人さんは金勘定については五月蠅いぞ? 今の話は友之さんに、無制限で請求が回せる状況だったからだ。自腹を切るとなったらこうはいかない。うちが良い例だ」 しみじみと修が語った内容に、他の面々は有る事を思い出した。 「ああ……、お前、開店費用を、清人さんに出して貰っていたっけ……」 「当時、奈津美さんの事もあって、色々揉めたしな」 「今も返済中ですよね?」 「兄さん……、ひょっとして、清人さんに何かえげつない事でも言われたのか?」 明良が幾分気遣わしげに次兄に問い掛けると、修は深い溜め息を吐いてから、ある事を話し出した。
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