零れた欠片が埋まる時
第44話 清香流、矛の収め方②

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「じゃあ、私、西門から帰るから。さよなら清香、また来週」 「ちょっと待ってよ朋美、私も西門から帰るっ!」  踵を返した朋美の腕を捕まえつつ清香が叫んだが、朋美は冷静に言い聞かせた。 「清香……。聡さん、あんたが出てくるまで、あそこでずっと待ってるわよ。賭けても良いわ」 「そそそそんな事、私知らないから!」 「あんた、意外に血も涙も無い女ね。聡さんをあのまま晒し物にして平気なんだ」 「だ、だって、恥ずかしいわよ、あの中に行くのは! 皆何事かと思って、遠巻きにして見てるじゃない!!」 「車もねぇ……、いつからあそこに停めているのか知らないけど、早く移動させないと、大学の事務局から警察に通報されて、持っていかれるんじゃない?」 「………………っ!」  わざとらしく溜息を吐きながらの朋美の台詞に、清香が最近の話題を思い出して盛大に固まった。それに朋美が、追い打ちをかける。 「まあねぇ、今後金輪際、無関係って言うなら? 無視して帰ってもどんな仕打ちをしても、一向に構わないと思うんだけどねぇ」  それを聞いた清香は、聡の方を睨みつけながら盛大に呻いた。 「うぅぅ……、どうして私の周りって、こう面倒くさくて非常識な人間ばかりなのよ! 朋美、私、今日はこっちから帰るから。さよならっ!」 「さよなら。色々頑張ってね~」  文句を言ってから自分に別れを告げ、勢い良く正門に向かって走り出した清香の背中に、朋美は間延びした声をかけた。そして小さく噴き出す。  「一応、清人さんに経過報告しておこうかな?」  そうして携帯電話を操作しつつ、朋美は西門の方へ向かって歩き始めた。  一方の聡は全身に突き刺さる視線をものともせず、正門で立ちつくしていたが、道の向こうから猛然と駆けて来る人物を認めて、思わず笑顔になった。そして息を切らせて自分の目の前に立った清香に、何も言わせず花束を押し付ける。 「やあ、清香さん。試験お疲れ様。良かったらこれを貰ってくれる?」 「うえっ、ちょっと」 「それで、試験の出来はどうだった? 勿論清香さんの事だから、心配は要らないと思うんだけど」 「どうだった? じゃあないでしょう! こんな所で一体全体何をやってるんですか!?」  顔の前に押し付けられた大きな花束を、反射的に受け取った清香は、それを横にずらしつつ聡に向かって吠えた。それに対して聡が平然と答える。 「試験期間中は集中したいって気持ちは分かったから、終わったらじっくりと話をさせて貰えないかなと思って、誘いに来ただけなんだけど」 「一昨日までは連日朝に押しかけてたくせに、何を白々しい事を言ってるんですか」  思わず清香が白い目を向けると、聡が苦笑いで応じた。 「まあ、それは置いておいて、車に乗ってくれないかな?」  さり気なく清香の腕を掴んだ聡が促したが、清香は黙り込んだままピクリとも動かなかった。しかしそれはある程度予想された事だった為、聡は穏やかに笑いながら再度清香を促す。 「言っておくけど、乗ってくれるまで、ここから動かないから」  それを聞いた清香は、ヒクリと顔を引き攣らせて静かに凄んだ。 「……あのですね、手を離して頂けませんか?」 「申し訳ないけど、それは駄目かな?」  笑顔の聡と仏頂面の清香の間に静かな緊張感が満ちたが、それに音を上げたのは清香の方だった。 「ああ、もう!! 分かりました! 乗ります! 乗りますから、さっさとここから移動して下さい! 駐車禁止の標識の目の前で停めてるなんて、車を持って行かれますよ!」 「あれ? うっかりしてた。それは気が付かなかったな」 (白々し過ぎる……)  必死で訴えたのにしれっと言い返されて、清香は呆れ果てた溜息を漏らした。そして周囲から様々な視線を受けながら、二人で車に乗り込み、その場を後にした。  そして少しの間車内は無言だったが、発進させた車が車道の流れに乗り、スムーズに走り出した所で、幾分申し訳無さそうに聡が口を開いた。 「その……、今日は変に目立つような事をして、悪かったね」  その台詞に、運転席の方に向き直りながら、清香が盛大に噛み付く。 「当たり前ですよ! 週明けに、私が正門前でアッシーを待たせてたなんて噂が広がってたら、どうしてくれるんですか!?」 「そうだな……、責任を取って、毎日送り迎えをする?」 「ふざけないで!」  そこで聡が我慢できなくなったという様に、笑いを零す。 「ごめん、今週ずっと無視されてたから、清香さんが普通に喋って文句を言ってくれるのが嬉しくて」 「怒られて喜ぶなんて、おかしいです」 「うん、そうだね」  憮然として文句を言った清香に、聡は笑顔のまま頷いた。そして顔付きを改め、前を見たまま再度口を開く。 「俺と兄さんの関係を黙ったまま清香さんに近付いたのは、本当に悪かったと思っている」 「当然です」 「当人である母さんと兄さんの意思も立場も、まるで無視した独りよがりな行動だったし」 「……本当に、良識のある大人の行動とは思えません」 「確かに最初はあの兄さんが溺愛してる、血の繋がらない義理の妹がどんな人間か、興味本位で近付いた事は認めるけど」 「認めなかったら、投げ飛ばしてます」  殺伐とした声で淡々と言い返された聡はここで一瞬怯んだが、表面上は動揺を見せずに話し続けた。

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