零れた欠片が埋まる時
番外編 佐竹清人に関する考察~柏木浩一の場合③

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 ※※※ 「……そうして、俺が清人の恋人だって噂が、クラス内や学年、更には学部中に、忽ち広まったんだ。俺が清人を殴り倒したのは、あの時一回きりだな」  地を這う様な声で説明してくる浩一に、その場が不気味な位静まり返っていると、浩一に負けず劣らずの物騒な声音で、真澄が口を挟んできた。 「へぇ……、あのとんでもない噂、あんた達が一緒にいるから自然発生した噂かと思っていたけど、そんな裏事情が有ったの。今の今まで知らなかったわ……」 「やっぱり、姉さんの耳にも入っていたんだ……」 「当時は笑い飛ばしていたけどね」 「…………」  無言で項垂れた浩一を幾らかでも慰めようと、玲二が慌ててフォローを入れてみた。 「あ、あのさっ! でもそれで、兄貴に言い寄る人間がかなり減ったんだよな?」 「ああ……、確かに減った」  未だ暗い表情ながらも肯定してきた浩一に、周囲の皆も幾分強張った笑顔を見せる。 「それは良かったですね」 「それで全く変わりが無かったら、本当に救われないよな~」 「そうだろ? やった甲斐はあったよな」  安堵しながら玲二が溜め息を吐くと、そんな弟に浩一が淡々と補足説明を始めた。 「確かに並みの人間は一気に減ったんだが……、手段を選ばない、タチが悪い、色々な意味で濃い人間は残った」 「濃いって……」 「手段を選ばないって……」 「……浩一さん、顔が怖いです」  ただならぬ兄の雰囲気に玲二が絶句すると、周りの人間達も微妙に怖じ気づきながらジリジリと浩一から距離を置き始める。  すると浩一はビールの入ったグラスを掴み、その手をプルプルと僅かに震えさせながら、怒りを内包させた口調で続けた。 「『私が柏木君の目を覚まさせてあげるわ!』と言う勘違い女や、『柏木君達なら、絶対そうだと思っていたの!』と嬉々としてガン見しながら何かの原稿を作っていた腐女子や、『あんな優男よりも俺の方が良いぞ?』と言い寄るゲス野郎どもだけになった」 「……………………」  もう誰もフォローする事などできず、黙り込んで様子を窺っていると、浩一は急に声を荒げて言い出した。 「そんな連中相手に、俺が一々手加減とか配慮なんかしてやる必要がどこにある!? 微塵も遠慮せず、片っ端から強制排除しまくってやったんだ。俺はその時、心の底から合気道を修めておいて、良かったと思ったぞ!!」  そう叫んで手にしていたグラスの中身を一気に煽った浩一は、座卓にダンッとグラスを置きながら、忌々しげに吐き捨てた。 「けっ! 胸糞悪い事まで思い出したぜ!」  そして座卓を見下ろしながら、何やら悪態をブツブツ呟き始めた浩一を、周りの皆は気の毒そうに見やった。 (浩一さん……、人格が変わってます) (兄貴……、何か大学に入ってから一時期やさぐれてるなと思った事があったけど、そんな事が……) (大学時代に、性格がどこか一皮剥けたとは思っていたが) (教室でなんて……。清人さん、あんた鬼だ……) (やっぱり一番手段を選ばないのは、清人さんだよな) (良く未だに、親友付き合いしてるよな)  そのまま少しだけ沈黙が満ちたが、玲二が気を取り直して新たな質問を繰り出した。 「それで……、清人さんも、兄貴と同様の目に合ったわけだよね?」 「同様ってわけでは無いな。あいつは元からその手の誘いは適当に対応してたし。『本命は浩一だが、俺はバイだから遠慮いらないから』とか公言して、自称『佐竹君の彼女』達から敵視されまくった」  それを聞いた玲二はもうどうにもフォローできず、他の人間の意見も一致した。 (やっぱりあんた最低だ……、清人さん)  そこで疲れた様に溜め息を吐いてから、しみじみとした口調で真澄が声をかける。 「浩一。あんた良く、彼と長年、親友付き合いしてるわね」  その場全員が思ったであろう内容を告げると、浩一は苦笑いで返した。 「もう腐れ縁っぽいな。色々諦めてるから、今はもう大抵の事は平気だし」 「本当に彼って、普段は必要以上に細やかな配慮ができるのに、時々もの凄く無神経よね」  そう苛立たしげに真澄が口にした瞬間、二人のやり取りを傍観していた者達は勿論、浩一すら真澄に意外な顔を向けた。 「無神経って……、姉さん。一体どうしてそう思うのかな?」 「俺達に対してならともかく、真澄さんに対して無神経とか気が利かないとか言うことは……」 「あの清人さんに限って、そんな事は有り得ないでしょう?」 「そうだよな。清人さんは筋金入りのフェミニストだし」  そんな風に顔を見合わせて断言する弟や従弟達に向かって、真澄は渋い顔をする。 「…………そうでも無いわよ」  如何にも面白く無さそうに呟いた真澄は、そのまま過去の、ある出来事について思いを馳せた。

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