「由紀子」 「……分かりました。お話しします」 それから由紀子は清人を置いて家を出るまでのいきさつと、それ以後の小笠原と清人との関わりについて述べ、由紀子が関知していなかった事で、自分が知りえていた内容を勝が補足説明する形で、二十分程かけて一通りの説明を終えた。 話の途中で清香は、何回か僅かに眉を顰めたものの、取り敢えず無言を貫いて話の腰を折ったりする様な真似はせず、話が終わると同時に溜息を一つだけ吐き出した。そして徐に口を開く。 「ありがとうございます。良く分かりました……。お兄ちゃんの話は大筋で間違い無い様です。由紀子さん、一つ言わせて貰って良いですか?」 「ええ」 何を言われるか、大方の察しがついた由紀子は固い顔で頷き、清香は予想通りの内容を口にした。 「お断りしておきますが、私にとってはお兄ちゃんが最優先です。それを踏まえた上で、聞いて貰いたいんですが……。由紀子さんは指を噛みちぎられても、お兄ちゃんを手放すべきでは無かったと思います。三十年経過していますし、もの凄く今更ですが」 「ええ、分かっているわ。清香さんは間違っていない。悪いのは全部私よ」 俯いて涙ぐんだ由紀子を見やり、清香は向かい側から探る様な視線を向けた。 「後悔、していますか?」 「ええ」 「そう思ってくれているなら、今からでも遅くありません。今から家に来て、お兄ちゃんに指を噛みちぎられて下さい」 「え?」 「清香さん!?」 物騒な事を宣言しながら、清香が立ち上がりつつテーブル越しに由紀子の手を取った為、由紀子は戸惑い、勝は顔色を変えた。しかし清香の表情は、全く揺るがなかった。 「さっきも言った様に、私はお兄ちゃん最優先なんです。お兄ちゃんの気の済む様にしてあげたいんです」 「清香さん、それは!」 「流石に無傷で帰すと確約はできませんが、いよいよ駄目となったら、私が割り込んで何としてでも止めます。伊達に十何年も、道場通いをしていません」 「いや、しかし!」 流石に焦って、思いとどまらせようとした勝だが、清香は由紀子の顔を覗き込みながら静かに訴えた。 「由紀子さん、もう三十年近く後悔していれば、十分じゃありませんか? 今行動しないと、死ぬまで一生、後悔し続ける事になりますよ?」 「清香さん……」 「私のお母さんは、意地を張っている間にあっさり死んじゃって、とうとう実家の人達と、和解できないままになっちゃったんです。でも由紀子さんとお兄ちゃんは、今どちらも生きているんです。決裂するならそれでも良し、とにかく一歩踏み出して下さい。お願いします」 「……清香さん、でも」 真摯に訴える清香に対し、由紀子が泣きそうな顔を見せたが、ここで穏やかな声が割って入った。 「行ってきなさい」 「あなた?」 「言いたい事があるんだろう?」 先程までは動揺していたものの、清香の話を聞いて考えを改めたらしい勝が、由紀子から清香に視線を移して声をかけた。 「清香さん、部外者の私は同行しない方が良さそうだ。由紀子を頼めるかな?」 その問いに、清香が僅かに苦笑して頷く。 「勿論です。信用して下さい」 「ああ、宜しく頼むよ。……由紀子?」 「……はい、行ってきます」 勝に促されて由紀子はゆっくりと立ち上がり、ドアへと向かう。 「じゃあ車を待たせているので、それに乗って行きますね。由紀子さん、急いで支度をして下さい」 「分かったわ」 そうして身支度を整え、勝に玄関で見送られた二人は、待たせてあったリムジンの後部座席に乗り込み、運転席に背を向ける形で座っていた真澄に声をかけた。
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