零れた欠片が埋まる時
第10話 愛しのマスクメロン様③

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「あれは……、そうですね、私が幼稚園の頃の出来事ですけど、当時住んでいた団地の側に、昔からある商店街があって、いつもそこで買い物をしていたんです。そこに結構大きな八百屋さんがあって、大抵棚の上の方に五千円位のマスクメロンが果物の盛り合わせの籠とかと並べて、ドンと置かれていました」 「ああ、そういうのはお見舞い用とかお祝い用とかで、結構需要があるよね」  納得しながら口を挟んだ聡に、軽く頷きながら清香が話を続けた。 「当時は背が低かったから、普段上の方まで見なくて気がつかなかったのに、ある日何気なく顔を上げたらそれを見付けて、何だろうって凝視しちゃって」 「何だろうって、どうして?」 「その頃、私の中でメロンと言えば、いつもお母さんが買っていたプリンスメロンとかの、表面がつるんとした物だったんです。それで大きさも見た目も違うそれが、メロンだと認識できなかったんです」 「なるほどね。それで?」  悪い事を聞いたかと微妙に視線を逸らしながら聡が続きを促すと、清香は淡々と状況を説明した。 「動かないでじっと見ていたら、顔見知りの八百屋のおじさんがどうかしたのかと聞いてきたから、あれは何かと尋ねたらメロンだよって教えてくれたんです。そうしたら私、腹を立てまして」 「え? どうしてそこで怒るの?」  思わずと言った感じで真澄が口を挟んだ為、清香は今度は真澄の方に体を向けて説明を始めた。 「さっきも言いましたけど、それまでメロンと認識していた物にはあの独特の模様は無かったから、『あんなのメロンじゃない! 気持ち悪い模様!』って思い切りけなしたんです。そしたらおじさんが笑って説明してくれました」 「どんな説明を?」 「『これはマスクメロンって言って、外の皮より中身が大きくなるのが早くて、中から押されて皮が裂けちゃうんだ。だけど中から出てきた汁がそこを塞いで、覆ったかさぶたがこの模様なんだよ? だからこのメロンは自分が甘くなる為に一生懸命努力して、全身痛い思いをして頑張った奴なんだ。それで変な模様が付いてるけど、その分とっても美味しいし、凄いなって皆が尊敬するから値段も高いんだよ』って。それを聞いて子供心に凄く感動して、一目惚れしたんです!」 「そ、そうだったの」 「一目惚れ、ねぇ」 「…………」  所謂上流階級に生まれ育った面々は、マスクメロンなど見慣れた代物であり、そこまで感動を露わにする清香の気持ちがいまいち理解出来なかったが、適当に話を合わせた。 「それでその時、お母さんに『あれ買って! 清香が美味しく食べてあげるの!』と言ったら、お母さんの顔が見事に引き攣って、『清香は子供だからまだ駄目なの!』って叱られて、無理矢理八百屋さんから引きずり出されました」 (やっぱり庶民的な生活してたんだ。困っただろうな)  突然店先で子供に「マスクメロンを買って」と言われて動揺したであろう当時の香澄に、三人は思わず同情した。 「それで商店街をズルズルと引きずられる様にして帰ったんですけど、どうしても諦めきれなくて、ちょうどアーケードの真ん中辺りで『マスクメロンさま~! 清香が大きくなったら食べてあげるから、待っててね~! 清香の事を忘れないで~』と涙声で叫んで、後からお母さんに滅茶苦茶怒られました」  そこまで言って仏頂面になった清香だが、聞いてい三人は揃って微妙に顔を歪めた。 「マスクメロン、さまっ……」 「忘れないで、って……」 「聞きようによっては、凄い愛の告白……」  そんな事をボソッと呟いてから、三人は申し合わせた様に爆笑した。 「い、嫌ぁぁぁっ! さ、清香ちゃん、笑わせないでぇぇっ!!」 「酷い真澄さん、笑うなんて! 私にとっては、ちょっと切ない思い出なのに!」 「この場合値段が、二人の間に立ちはだかる、唯一の高い壁だったんだね」 「今だったら大丈夫だね。美味しく食べてあげられるよね?」 「うもぅ~っ! 浩一さんも聡さんもバカにしてぇぇっ! もう知らないっ!」  大笑いした為にすっかり拗ねてしまった清香を、何とか笑いを収めた三人が宥めた。 「ごめんなさい、悪かったわ」 「いや、当時幼稚園児だし、可愛いエピソードだよね」 「うん、清香さんがマスクメロンに並々ならぬ思い入れがあるのは分かったよ。だから同じように大好きな先生をそれに例えたの?」  その聡の問い掛けに、清香はちょっと考えてから反論した。

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