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「お父さん、お母さん! 見て見て!」  リビングにいた両親に、千晴は成績表を差し出した。 「一位? 一気に五番も上がったの?」 「すごいじゃないか、千晴!」 「えへへ、頑張ったでしょ?」 「すごいすごい! 千晴なら、旺雅の精霊学院に中学から通えるかもしれないわね」 「千晴は努力家だなぁ」  両親の賛辞に、千晴は大きく胸を張った。  成績表を持ち、家を出て、千晴は水の庭へ向かった。 「海月にも見せよーっと」  ふふふと笑いをこぼし、海月の姿を探す。 「あれ、いない? 洞窟かな」  湖を渡る、石の道を進み、中央にそびえる岩の洞窟へと近づく。 「……って、決めたわ」  聞こえた声に、千晴の足と呼吸が止まる。  お姉ちゃん……? 「そうか」  返事があった。海月だった。 「海月は応援してくれる?」 「そうだな……まあ、最終的に決めるのはご両親だから」  姉が海月に何かを相談している。人目の付かない場所で、二人きりで。  千晴の心がモヤモヤし始める。 「海月―! いるー?」  わざと大声を出して、洞窟内へと反響させる。  海月、そして千歳の二人は、すぐに洞窟から出て来た。 「あら、千晴。おかえり」  千歳が笑う。姉の余裕顔に負けないよう、千晴は胸を張って成績表を掲げた。 「見て、今日学校で」  言いかけた千晴の手から、パッと成績表が奪い取られる。千晴は心の中で「あ!」と声を上げた。 「へえ、すごいじゃない。ほら、見て」  成績表と一緒に、千歳が海月に体を寄せる。 「へえ、頑張ったんだな」  感心して海月が頷く。その腕に自然に手を添えて、「ほんと。さすが私の妹だわ」と同意する千歳の姿に、千晴の心はざわめいてしょうがなかった。褒められているのに少しも嬉しくない。ねえ、見て見てって、海月に飛びつくのは自分だったはずなのに。 「千晴が成績優秀で、きっとお父さんもお母さんも誇らしいでしょうね。千晴にならクオンを任せられるって、きっと喜ぶよ?」 「そりゃあそうだよ。だってお姉ちゃん、ちっともお手伝いしないし。お姉ちゃんに変わって、私がクオンの管理者になってもいいんだよ?」  出来る限りの嫌味をたっぷりに、千晴は千歳を見上げた。 「そうね。それがいいと思うわ」 「え?」 「あのね千晴。お姉ちゃん、大学に行ったら家を出るから」 「……、え?」 「千晴はクオンが大好きでしょ? ずっと言ってるもんね。クオンは私が守るって」」  もちろん。そう思うけれど、返事が出て来ない。 「だからお姉ちゃんも安心して、千晴にクオンを任せられるわ」        ※  精霊が、湖を自由に泳いでいる。その様子を、千晴は石の道の上に座り眺めていた。 「いいなぁ」 「何がだ?」  隣に座る海月が尋ねた。 「上手に泳げてさ。私、泳ぐの苦手だから」 「千晴は水の中に入ると、おもしろい事になるもんな」  笑う海月に、千晴は頬を膨らませた。 「……お姉ちゃん、ほんとに出て行っちゃうのかな……」 「寂しくなったか?」 「そうじゃないけど……。だって、お姉ちゃんは、お姉ちゃんだからクオンの管理者になるって思ってたのに」  それが当然だと思っていた。  何だかんだ言いながら、姉は家に残るものだと思っていた。姉だから、長女だから。それ以前に、自分達はクオンを管理する一族だから。当たり前だと思っていた。 「大学卒業したら戻って来るの? って聞いたら、分からないって言われて……」  抱えた両腕をぎゅっとつかむ。寂しいのか何なのか分からない、言い表せない感情が千晴を悩ませた。 「千歳さんは決めたらこれだ! って人だからな。お父さん達も、猪突猛進タイプだって分かってるんだよ」 「ちょと? つ?」 「そこに向かって、わき目も振らず突進していくってこと。こっちの道が正しいのか一度冷静に立ち止まるのが千晴、考えずそのまま突き進むのが千歳さん」 「突き進むって言うか、やりたい放題だよ」 「千歳さんは世渡り上手なんだろうな」  難しい言葉の連続に、千晴はつまらない気持ちになった。 「ねえ、そういえばどうして海月はお姉ちゃんには『さん』なの?」 「初めて会った時に、『自分はもう十五歳で大人だから、さん付けでお願いします』って言われたんだよ」 「大人ぁ? どこが? わがままし放題なのに。だいたいお姉ちゃんは海月のこと都合よく使いすぎ。契約はしないけど毎回呼び出して送り迎えだけさせてさ。海月はそれでいいの?」 「精霊使役は人それぞれって事だよ。俺は気にしてないから」  海月が気にしなくても私が気になるの! 叫んでしまいたい気持ちを、千晴はぐっと堪える。 「……私はクオンが好きだから、お姉ちゃんの気持ちはよく分かんない」 「千晴は千晴だ。妹だからって、千歳さんと違っても何もおかしい事はないよ」  後ろに両手をつき、海月は湖を見つめた。ふわふわ揺れる茶色の髪に、金色の瞳。海月の横顔を見ながら、千晴は、知らない気持ちに胸を高鳴らせる。 「私も早く契約できるようになりたいな」 「中等部に上がったら本格的に授業が始まるんだろ? あと少しだ」 「うん……」  その時に契約したい精霊がいればね、と、心の中で呟く。そうしてこっそりと、海月の横顔に胸を焦がした。

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