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 扉をノックする。  返事はない。  千晴は「もう!」と頬を膨らませながら扉を開けた。  窓際のベッドの上で、この部屋の主が眠っている。千晴は主に飛びかかった。 「お姉ちゃん! 朝ですよ!」 「痛っ! 千晴、その起こし方やめてってば!」  千歳は目を閉じたまま布団から起き上がった。 「だって、こうしないとお姉ちゃん起きないじゃない」 「ああ、もう、分かったからどいて」  邪険に手を振られ、千晴は逃げるようにベッドから降りた。 「たまにはお姉ちゃんも早起きしたら?」 「はぁ? 何で」 「私ばっかり、お父さん達の手伝いしてるもん」 「あのねぇ。私は今年受験生なのよ? 大学進学のかかる、大事な年なの」  机の教科書を指差し、千歳が眉間にしわを寄せる。 「だからクオンどころじゃないの」 「でも」 「いいから。着替えるから出てって」  再び手を振られ、千晴は部屋を出て一階へ降りた。  玄関から外に出ると、そこに海月みづきが待っていた。  ふわふわ柔らかな茶髪に金色の瞳。アクアマリンを思わせる水色の外套は裾が長く、白い波の模様が描かれている。 「千歳さんは?」 「もうすぐ来ると思うけど?」  千晴は口を尖らせたまま、玄関前の階段に腰掛けた。 「千晴が起こしに行ったのか」 「だって、お母さんもお父さんも忙しいもん。昨日風の丘に来た精霊が重症なんだよ」 「そいつは心配だな」  海月は千晴の横に腰を下ろした。 「私も精霊のお薬作るの、手伝ったんだよ? それなのに、お姉ちゃんはちっとも気にしてない」 「千歳さんも勉強で忙しいんだろ」 「違うよ。高校入ってからずっとそうだもん。友達と遊んでばっかりで、家の手伝いなんて一度もした事ない」  十歳年下の自分の方が、ずっとずっとしっかりしていると思う。 「お姉ちゃんはクオンの管理者になるんだから。今はいろんな事に興味を持つお年頃なのかもしれないけど、少しは家の――」  千晴の頭を、丸めたノートがぽこんと叩く。 「痛っ!」 「バカ千晴。お母さんを真似して、生意気言わないの」 制服姿の千歳は、長い髪を耳に掛けながら幼い妹に向けて肩を竦めた。そして海月に向けて、にっこりと笑いかける。 「お待たせ、海月―」 「千歳さん。ネクタイくらいきちんと結んで。ほら」  立ち上がった海月は、慣れた手つきで千歳の青いネクタイを結ぶ。二人の距離の近さに、千晴は恨めしそうに姉を見つめた。 「はい、できた。じゃあ出発するよ」  海月の体が光に包まれる。太陽光に、キラキラ反射する巨大クラゲへと姿を変え、そのふわふわ頭に千歳と千晴を乗せた。  地面を蹴り海月は空へと浮上する。 「海月。ちょっとゆっくりめに行ってよ。宿題やりたいから」 「だめ。海月急いで。私友達と約束してるの!」 「少しくらい遅くなっても問題ないわよ。私の宿題は成績に響くんだから」 「だめ! ぜったいだめ! そんなの、やらなかったお姉ちゃんが悪いんでしょ!」 「二人ともケンカしない。中間のスピードで行くから」 「だめ!」 「もーうるさいわねぇ。ね? 海月お願い~」  かわいくねだり、ふわふわの頭に抱きつく。そんな姉を横目に、千晴は抱えているカバンを握りしめ、もう何度目か、小さな頬を思いっ切り膨らませた。

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