「歌奈ちゃん」 「あっ詩乃っちおはよー」 冬も本格化して、詩乃はコートを着込んでいた。ファミレスに入ると、練習の待ち合わせの一番乗りだった歌奈が、既に片手にシェイクを持って飲んでいた。 「寒くないの?」 「中はあったかいから逆に」 以前、歌奈に根負けして崩した口調にした詩乃に、歌奈も嬉しそうだ。コートを脱いで丸めながら詩乃も呼び鈴で店員を呼び、『このいちごシェイクを一つ』と頼んだ。 「にしてもさ、詩乃っちのベース、ほんと『さすが経験者!』って上手さだよね」 「え、あはは……」 照れ笑いを浮かべる詩乃に歌奈がにこにこしていると、杏子と遥香もやってきた。二人が座れるように席を詰めた。 「お疲れ!」 「杏子に遥香、おっつー」 「歌奈、今日はどうする?」 「そだねえ、『星の忘れ物』やろっか。遥香もいい?」 手元の携帯を弄っていた遥香も顔を起こしてにかっと笑う。 「いいよー!」 「おっけ、それでいこう。じゃあ、頼んだもの飲んだら会計するね」 「はーい」 休みの日の夕暮れ。ファミレスが少し混み始めた頃合いで、4人は練習スタジオへと向かった。 練習スタジオの機材のセッティングを終えて、少し手狭な空間で一息つく。 「歌奈、今日はテンポ遅くする?」 「いつも通りで一度通そう」 とたたタたたとたたタたた。 遥香が丁寧に3連符を刻む、4を4つ数えて、キーボードが入る。きらきらとしたエレキピアノ。詩乃が短歌を思いつくよりも早く、詩乃もベースで入る。歌いだしは、ボーカルの歌奈。 ――遠い空 離れても 君といた あの時間を 聞けば、詩乃のいとこがバンドを離脱した後に、歌奈が自分だけで書いた歌詞らしい。それまでは手伝ってもらいながらだったので、この曲はまだ不慣れなのを感じる、と杏子も言っていた。それは歌奈自身も分かっていたが、杏子はこうも言っていた。 『――でも、歌奈らしい歌なんだよね。ああ見えて元気いっぱいというより、キラキラした歌詞が好きだから』 『そうなんですか……』 『歌奈が、詩乃ちゃんに入ってほしいと強く思ったのも、この歌詞を見ると分かるでしょ?』 寂しそうな色が浮かぶ歌奈の瞳に惹かれるけれど、見続けてよいのだろうか。ベースを弾きながら、詩乃は目を閉じて願う。 その色が、夕焼けのように綺麗な色になりますようにと。
コメントはまだありません