詩乃の家の最寄り駅が近づく中、心の中で渦巻いていた気持ちが大きくなっていた。『余計なお世話かもしれないけれど、一声だけでもかけたい』と。 「あの、杏子ちゃん」 「どした?」 「歌奈ちゃんの家、楓町の方、だよね」 「うん? ……ああ、そっか。止めはしないけど、すぐはお勧めしないよ」 「分かってるんです。でも、どうしても行きたくて」 一つ手前で降りていく詩乃を見送って、杏子が『似た者同士で世話焼きだねえ』と呟いていたのもつゆ知らず、早足で近くまで向かう。 「会わなくちゃいけない気がするけど、なんでだろう」 肌寒くなってきた日没後の街道を歩く。落ち葉も増えてきて、ぐんと寒くなりそうな時期。 「――『急かしては導くような追い風で舞う枯れ葉たち道行く私』……」 ふと思いついた一首を、メモアプリに書き記してから見回すと、見覚えのある背格好の少女がいた。 「歌奈ちゃんっ」 「えっ、あれっ、詩乃ちゃん?」 マフラーもせず震えていた歌奈が鼻をすする。 「――風邪ひいちゃうよ」 鞄からポケットティッシュを引っ張り出して、『これ使って』と押し付ける。あとこれも、これも、とあれこれ取り出す詩乃に、されるがままになる歌奈。 伝えようとしていた言葉も忘れてしまい、なんとかひねり出した言葉が。 「ええと、あの。追いつけるように、ベースの練習、頑張るね」 手を握って、冷たい歌奈の手に驚いて、温めるように擦った。さらに、もう一つと使い捨てカイロを握らせて、踵を返して駅へと向かう。訳もわからず呆けたまま、完全防備にされた歌奈を放置して。 「何であそこまで持たせたんだろ……」 やりすぎだったことに気が付いたのは、最寄り駅に着いてからだった。マフラーも押し付けてしまったので、寒いのは寒いけれども、逆に恥ずかしさで体が火照ってしまっていた。 従姉とは、もちろん今も連絡を取り合っているけれど、このことをいう気にはなれなかった。今どき、そういう感情があるのは分かっているし、その気持ち自体はほとんどの人が持ちうるものであることも。 一方の歌奈が温かい気持ちになっていたことは、詩乃はまだ知らない。関わり始めてさほど経っていない仲間なのに、誘った彼女自身を大切にしてくれる子だった。 まだ少し引っかかる。それでも、その『導き』は確実に、歌奈の背中を押していた。
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