「――通学路一つ二つと足音の三つ四つ増えて革靴笑う」 「――夢の中のー忘れ物をー」 ――実は、通学路は大体一緒だったみたいで、気づかなかっただけなんだ。 歌奈は、そう言ってはにかむ。詩乃には、その増えた足音が心地よかった。 * * * 始まりは、校舎そばのベンチだった。歌奈が、家の事情で離脱したバンドメンバーを埋めるためにあちこちに訪ね歩いていた。 「ねえねえ、ベースやらない?」 「へっ?! えっあっ、何でしょう?」 しかし、返事のほぼすべてが『ベースって地味でしょ』というもの。『いやわかるけどさ』とふくれっ面になる歌奈も心の片隅ではそう思っていた。それでも、実際曲を作っているとその重要な役目がわかる。ドラムと共に、バンドに勢いをもたせるエンジンだということを。 「詩乃ちゃん、だよね。以前、吹奏楽でベースやってたって聞いて」 「はあ、そうですけど……」 そこで、詩乃と同じ中学だというクラスメイトから評判を聞いて、早速声をかけにきたのだ。急なことに当の本人はぽかんとして『何が何だか』という顔。そしてようやく、歌奈から事情を聴く。 「――うーん……確かに、ポップスではやってたんですけど、エフェクターまで使わないし」 「エフェクターまで分かってたら即戦力!」 「あっ、ちょっと、ノート抱えてるからっ……!」 ――ぱさっ。 嬉しくなり、歌奈が腕をつかんで引っ張ると、詩乃が抱えていたノートの一冊が、地面に落ちて広がった。 『河川敷歌え歌えと飛ぶカラス秋高き空夜に染めてく』 はっと息をのんだ。 確かに『見えた』。歌奈自身の書く歌詞が、酷く薄っぺらく感じるくらいに。 ――まるで、歌みたい。 慌ててノートを抱えてその場を去ろうとする詩乃に、「待って!」と叫んだ。思わず立ち止まった彼女に、歌奈が真剣な眼差しを向ける。 「これは本気。いま本気になった。だって、その一文だけで、景色が見えたんだもん。お願い、作詞も手伝ってくれない?」 詩乃は、控えめに頷いた。ここまで言ってくれた人は初めてだった。もしかしたら、自分の世界を広げられるかもしれないと、まだ見ぬ世界にドキドキしていた。
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