外は木枯らしが吹きつけて寒かった。 「いたっ」 駅の階段を上がろうとしたとき、手すりにかざした手に静電気が走った。空気が乾燥しているんだ。そう思う詩乃の脳裏には、ファミレスでふさぎこんだ歌奈の姿がよぎった。 「……『もしも手を温めること出来たなら缶のスープも要らないのにな』、とか」 「あれっ、詩乃ちゃん。まだいたんだ」 「わっ」 後ろから杏子が追いついた。 あのファミレスにいた間だけでも、いろいろ気を遣ってくれているのは感じられただけに、思わず詩乃もへこへことお辞儀をする。 「あははっ、詩乃ちゃん小動物っぽい」 癒し系だねえ、と横につくと、「行こっか」と階上を指さした。 こっこっこっこっ。 ……とんとんとんとん。 杏子のあとを行くように、詩乃も歩き出す。先をゆく足音の間隔は、全くぶれない。まるで、メトロノームのように。 「テンポ、正確ですね」 「ん?……あっ、メトロノーム、耳で聞きっぱなしだった、ウケる!」 「あー……」 片耳のBluetoothイヤホンのような、耳につけるタイプの電子メトロノーム。思わず、サックスパートの吹奏楽部員が時々やる、ストラップをつけっぱなしの光景を思い出し、詩乃は苦笑いした。 「まあ、テンポキープ大事だから」 恥ずかしさのあまり笑っている杏子は、コンコースの自販機に向かうと、「おごるよ。何飲みたい?」と声をかけてきた。気遣いの人だ、と微笑みながら「オニオンスープの缶で」と答えた。 ホームで各駅停車を待ちながら、スープをのどに通す。 「司先輩の事情を知ってる詩乃ちゃんだから言うけど。先輩が親の転勤で離脱するってなったとき、バンドとして痛手だったんだよねえ。ベースがいないと、頑張って音を鳴らしてもうるさいだけだから」 缶を飲みかけた手を止めて、杏子の方を見る。 「でも、歌奈にはそれだけじゃなかったんだなあ、ってのは薄々分かってる。でも、それを言うのは、本人が言いたいときに言わなきゃいけないことだしね。遥香を餌付けするの、めっちゃ大変だったよ」 そう言われている当の本人達には、今日の木枯らしは随分と寒そうだなあ、と頭の中でツッコミを入れておく。 「でも、勇気が出なかった。空港まで連れて行って会わせたけど。分かってるだけに、私もうまく声をかけられないんだ」 小さく『苦っ』と缶コーヒーを離す杏子。ブランコのように缶を振って、残りを飲み干した。程なくして、下りホームの放送が流れてきたので、詩乃もその残りを飲み込んだ。 「なんか、突然引き入れた上に、苦労かけてごめんね」 「あ、いや。大丈夫です……たぶん」 乗り込んだ電車の暖房は、ほんのりと空気を満たしていた。隣で色んな話をしてくれる仲間のぬくもりのように。
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