「……」 ぽろっ、と歌い終えた歌奈の目尻から涙がこぼれた。 張り詰めた空気が、三人にも流れる。 「……え? なんで皆黙っちゃうの?」 理由を知らない歌奈がきょとんとして、3人を見回すと、杏子が『いつもこの曲で泣くんだからー』とからかう。 それにわーわーと何かを言う歌奈を尻目に、遥香と苦笑いする詩乃。 「いつもこうだもんなー」 「まあ……」 すぐ機嫌を取り戻した歌奈が楽譜を見直す。 「一番サビの前、詩乃っちのベース、ちょっとしたアレンジ加えてみてよ」 詩乃が突然立った白羽の矢に慌て、コード進行を見る。 「う、うん。行け、ます」 思わずそう言ってしまったが、アドリブはまだそれほど得意ではない。でも、詩乃が気持ちよく歌えるなら、やってみたいと。 「四小節前からね」 遥香が再びカウントを入れる。 「(――ベースはキラキラした音は苦手だけど)」 一小節前、歌奈が歌うサビの歌いだし。ベースの細い、高いハーモニクス。 驚いた三人の手が止まる。 「……す」 「えっ」 「すっごい! なに今のハーモニクス、きれいだったんだけど!」 はしゃぐ歌奈の勢いに押され、困惑する詩乃。 「アドリブでそれが来たからビックリしたけど、歌奈的にはどう?」 杏子が歌奈に促すと、首を縦に強く振った。 「採用!……って言いたいけど、これラスサビに入れたほうがカッコいいかな」 「あぁ、確かに。そんで、私たちも止めてみよっか」 「うんうん! 詩乃っち、ありがと!」 「……うん」 自分の演奏で喜んでくれたなら。そう詩乃は安堵した。気持ちの入った歌奈の声、優しくキラキラした杏子のキーボード、『らしくない』と言われるが繊細なタッチの遥香のドラムス。 それに詩乃も寄り添うように加わる。コンクリートの壁の冷たさも気にならないくらいの、ほんのり暖かい空間。 「……『奏でるは雨音のようなキーボード優しい雨がスタジオ包む』」 「あっ、新作?」 「えっ、あっ、はい」 「詩乃っち、短歌を思いつくと、すっと世界に入っていくよね」 「……つい、思いついたから」 にこにこと眺めてくる歌奈に赤くなりながら、ベースを抱きかかえた。
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