ルドヴェンティブ
第18話:神谷颯

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 お昼時間。  何やら社長と野室さんが話し合っています。 「ふゥむ……」  腕組みながら下を向く社長。  野室さんは頭をポリポリとかきます。 「どうする?」 「どうするって言われてもな……」 「そうだな……本人が決めたことだし」 「急にどうしちまったんだろうな」 「わからん」  社長は天井を見上げました。 「フゥ……」  何だか暗い様子です。  私は一緒にデスクワークをする山村さんにそっと尋ねます。 「どうしたんですかね?」 「ん、んん? ちょ、ちょっとね……」  山村さんは気まずそうな顔をします。  すると、コーヒーを手にした粟橋さんがやって来ました。 「やめるんだとよ」 「やめる?」 「加納が一昨日、退職届を出したんだ。勤務は今月まで」 「ええ~~ッ!?」  加納さんが退職!?  私は加納さんの席を見ました。 「加納は休みだぞ」 「あっ……そうか……」  そうでした……。  今日は体調不良を理由にお休みでした。 「ついでに片桐君もね」  山村さんがポツリと一言。  そう、今日は片桐さんもお休みされています。  理由は加納さんと同じく体調不良……。 ☆★☆  オフィス街から離れた小さな喫茶店。  古めかしい店で客は少ない。  若い女が1名、学生らしき男が1名、サラリーマンらしき男が1名、高齢者2名ほど。  その隅の席に若い男女が対座していた。 「我々はお待ちしております」 「はい……」  加納と片桐である。  店内には客が少ないが、二人は隅の席に座していた。 「まだ迷われているのですか?」 「えっ……」 「理解わかるものなのですよ」  片桐は眼鏡を外し、涼やかな笑みを浮かべる。 「私は武道家。武道とは戦い――戦いとは駆け引きをするもの」 「か、駆け引き?」 「人の心を読めずして、戦いは臨めませぬ」 「はァ……」  片桐は黒い眼は加納を見据える。  加納は、その黒い瞳に吸い込まれそうになっていた。 「加納さん」 「はい?」  その瞳――紫金紅葫蘆しきんこうころ。  呼びかけたものの身を吸い込む。 「私はあなたが来られることを望んでおります」 ☆★☆  空は黒くなり、三日月が浮かんでいる。  時刻は21時を過ぎていた。  加納は夜道をとぼとぼと歩く、その顔は赤く染まっていた。  酒を飲んだのだ。 「はァ……」  ため息をついている。  その表情は空よりも暗い。  自宅のマンションへと戻り、ドアノブにカギを差し扉を開ける。 「フゥ……」  加納はまだため息をつく。  ゆっくりと部屋へと入り、明かりを点けた。  部屋は白い光に照らされた。  棚にはロボットのフィギュアが置かれ、壁にはアニメのポスターが貼られている。 「俺、何やってんだろ」  高校、大学と有名校に進学。大学では理工学部に入った。  そして、迎えた就職活動。もちろん第一志望はアスマエレクトニックだ。  応募人数が多い中での就職試験。筆記、面接と見事にクリアして採用。  希望の部署は――BU-ROADバトル事業部。  花形とは言い難い。会長である不二男の道楽的な部署だからだ。  普通の新人なら配属されるのに難色を示すが、加納はこの部署を強く志望した。 「ガキっぽいよな……」  加納は子供の頃から「ロボットに関わる仕事がしたい」と夢見ていたからだ。  それもただのロボットではない。アニメに出て来るような力強いロボットを作りたい。  BU-ROADバトルはその夢を実現できる場所――のハズだった。 「本当に戻るのか? アスマエレクトニックに――」  そう呟いた時だ。 「あれ?」  インターホンの音が鳴った。  こんな時間に誰だろうとカメラを見た。 「あっ!」  カメラには野球帽を被った女――いや小柄な男が映っていた。  服装は黒いスカジャンにジーンズを履いている。 「やっぱりそうだ……」  加納はこの人物を知っていた。  顔はよく見えないが、誰であるかは想像出来る。  シュハリの正体が彼なのは間違いない。  その彼が一体どういう用件で訪れたのだろうかと思案していると。 「開けてもらっていいかな?」  そう言われた。  加納は少し迷うも、扉を開けた。 「よっ!」 「覆面被らないでいいんスか?」 「ハァ? お前、何言ってンだ」  加納は混乱した。  シュハリの正体があいつだと思っていたが違う。  そもそも、あいつなら素顔を隠す必要もない。  背格好は同じだが、よくよく聞くと声が微妙に違う。  シュハリの正体は誰なのか? 「眼鏡をやめてコンタクトかい? 髪も染めて、耳にはピアス。大学デビューかよ」  その疑問の答えを導き出す間もなく、男が言葉を続けた。 「これはイメチェンで……」 「イメチェン?」 「やってみたかったんス」 「あっそう。邪魔するぜ」  男は興味なさそうな顔をすると、部屋に足を入れた。 「お、おい! 勝手に――」 「別にいいだろ。俺とあんたの仲だ」  男は部屋に入ると、棚にあるフィギュアや壁のポスターを見た。 「相変わらずオタクだな。彼女いる?」 「うるさいっスね!」  加納の特徴的な語尾使いに男は笑った。 「ははっ! ムキになる性格は変わんないな」 「いつ日本に戻ったんスか」 「最近」  男はそう述べると加納を横目で見た。 「てっちゃん、アスマを辞めたって?」  てっちゃんとは、男が加納を呼ぶ際の愛称である。 「な、何で知ってるんスか」 「爺さんから聞いたよ。今は紫雲電機で働いているのも」  男は棚の方へと向かい、フィギュアを手にした。 「……アスマに戻りたがっていることも」 「紫雲さんを技術者として尊敬してるっス……だからこそ……」 「誘われて、ついていくことにした」 「でも、自分の本心は――」 「ロボット作りをしたいと思っている」  男は静かにフィギュアを置いた。 「――殺人マシンを作りたいんだ」  その言葉に加納は強く否定する。 「ち、違う! 自分はただ……」 「あそこに戻るっていうのは、そういうことなんだよ」  男は加納の横を通り過ぎる。  歩く先は扉だ。 「女性にはご用心」 「どこへ……」 「また会おう」  男はそう述べると去っていった。  加納はこの突然の出来事に混乱しているが、 (神谷颯かみやはやて――シュハリじゃなかったんスか?)  シュハリの正体自分の推理が外れたことだけはわかった。 ☆★☆  同刻。  紫雲電機のオフィスは誰もいない時間帯である。  照明は消され、部屋の中は暗いが、 (ここにもない……)  音がした。 (あるはずなのに……)  キーボードを叩く音だ。 (烈風猛竜ルドラプターの設計データはどこに…… )  暗闇の中でディスプレイの光を浴びるのは、 「何をしているんだい。泥棒片桐さん」  片桐結月。 「あ、あなたは!」  その後ろには――シュハリが立っていた。

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