ルドヴェンティブ
第20話:藤宮ルミ

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 試合が始まりました。  烈風猛竜ルドラプターは組手構えでした。  それはまるでMMA――総合格闘技の選手のようなスタンダードなスタイルです。  上下に体を揺さぶりながら、即座に攻防へと移れるようにしています。 『これまでの試合と打って変わり〝動〟! 実に現代的モダンな構えッ!』  対する華無姫かなしひめ。  半身の姿勢となり、左足を前、左手は下段、引手となる右手は胸の位置に置かれます。  両手は開手、掴むか、打つか、不思議でありながら読めない構えです。 『こちら華無姫かなしひめは〝静〟! 実に古代的オールドな構えッ!』  動対静――両機のスタイルは全く異なっていました。  ところで気になるのは、 「よく動きますね」  片桐さんの言葉通りです。  これまで、シュハリが試合で見せていた姿と全く違います。 『先に間合いを詰めるのは烈風猛竜ルドラプター!』  機敏な動きです。  あのカンフーのような構えとは全く違う、現代シンプルすぎるほど現代的シンプルな構えです。 「まるで別人のようで――」 「よく喋るね」 「なっ!?」  シュハリの声を聞いた、私と片桐さん。  あ、あれ? この声は――。 「ヒュッ!」  シュハリの息吹と共に金属音が響きました。  烈風猛竜ルドラプターは蹴り――左ミドルを放ちました。  打った場所は華無姫かなしひめの胴体部です。 「くゥ!」  華無姫かなしひめは蹴りの衝撃で後方へと飛ばされました。 『プロの洗礼炸裂ゥ~~!』  2回転、3回転、4回転……。  空き缶のように転がる華無姫かなしひめ。  その重量は規定ギリギリの1.5tの超軽量マシンです。 「不意を突かれました」  華無姫かなしひめは、すぐさま立ち上がります。  軽量装甲が災いしてか、胸部にヒビが入っていました。 「闘いの最中は集中しなきゃ」 「ふふっ……全くです。あなたが誰であろうとも」  シュハリは少し間を置いて答えました。 「俺も集中しなきゃな」  そうです――。 『こ、これは……ッ!』  烈風猛竜ルドラプターの左肩口に、 『斬り傷がつけられているぞ~~~~ッ!?』  斜め、袈裟懸けにきずがつけられています。  肩口はバチバチと放電し、 「やるじゃん」  部品が見えていました。 「どういう機能ギミック?」  シュハリの問いに片桐さんは答えます。 「手刀にて」  手刀――親指を曲げ、他の指を伸ばした形――。  空手などに見られる、手を刀に見立てた打撃技です。  顎、首、こめかみなどの急所打ちに適したものと言われます。  しかし、それはあくまでも打ち倒すもの。斬るものではありません。 『ど、どういう機能ギミックだァ!?』  ミリアを始め、観客達は華無姫かなしひめの両手を見ています。 「それって……」  シュハリのリズミカルな動きが消えました。  華無姫かなしひめの手は銀色の突起物に覆われ、 「刀?」  刀を形どっていました。 「――液体金属流刀メタル・リキッド・ブレード」  片桐さんは端的にそう答えました。 「反則じゃん」  シュハリも端的にそう答えます。  それに対し、片桐さんは言いました。 「素手だけが武術だと?」 「イヤイヤ……BU-ROADバトルだからOKかもしれないけどさ」 「それよりも……」 「ん?」 「あなたが『藤宮ルミ』でないことが腹立たしい!」  フジミヤルミ?  一体誰なのでしょうか……。 ☆★☆ 「……始まったっスか」  加納はサムライドームに来ていた。  既に試合は始まっている。 「ふゥ……」  遠くから野室、粟橋、山村達、三人を見る。  全員、紫雲の考えに同調してアスマエレクトニックを辞めた者達だ。 「俺は……」  加納の脳裏に浮かぶ言葉、それは神谷から言われた言葉だ。  ――殺人マシンを作りたいんだ。  違う!  加納は一人心の中で叫んだ。  自分ただロボットを作りたかっただけ。  BU-ROADバトル用のマシン作りに携わりたかっただけだ。 ☆★☆  3年前――。 「へ、兵器の転用!?」 「ああ……そうだ」  紫雲は極秘に野室達を集めた。  全員、アスマエレクトニックの信頼出来る部下達だ。  マシン設計・開発、メカニックの野室。  中堅メカニックの粟橋。  パーツの品質管理・テストパイロットの山村。  ロボットプログラマーの加納の4人である。 「名目上『BU-ROADの特許』は龍博士が持っているのは知ってるな?」  紫雲の言葉に野室は答えた。 「ああ……でも実質の支配権は――」 「そう、アスマエレクトニックだ」  BU-ROADの開発者は龍英世という科学者。  龍に特許権はあるのだが、博士はアスマエレクトニックの技術開発アドバイザーとして在籍。  つまり、組織に席を置かせることで特許権を支配している状態である。  従って、年間数兆円の興行収益を稼ぐBU-ROADバトル――。  BU-ROADの特許使用料は、アスマエレクトニックに入っていたのだ。 「我が社の方針として、BU-ROADを軍事用に展開させていきたいとのことだ」  粟橋はグッと肩が上がった。怒りの感情が見て取れた。 「理由はなんですかい?」  紫雲は俯いた。 「高度経済成長からバブル崩壊以降、日本経済は下落――そこで上層部は考えた。日本産業――いや経済を復活させるために、BU-ROADの技術を活かした軍事兵器を開発しようってな!」  その言葉を聞いた山村は頭をかく。 「特に今はグローバル経済。外資の参入はあるし、力のない国内企業の倒産件数は毎年増える一方だね」  紫雲は顔を上げた。 「それが社長、飛鳥馬実が提唱する『イノベーション』だそうだ」  しんと静まる中、 「それって……人の不幸で飯を食うってことにならないっスか?」  加納が言った。  今朝もニュース番組で報道されていた。  アフリカの新興独立国ダパーラでテロ事件が起こったのだ。  使用されたのは、中古品のBU-ROAD――どこかの企業が売ったらしい。  BU-ROADは元々危険作業や災害救助用に開発されたものだが、現在は機械格闘競技として親しまれている。  どんなお題目があれ、それが人殺しの道具になることを彼らは許せなかった。 「ああ、俺は会社を辞めようと思う」 ☆★☆ 「どうしたもんだか」  加納は紫雲達と共に会社を辞めたのはいいが、まだ心に曇りが残っていた。  本当はもっと恵まれた環境下で、マシン作りをしたい気持ちが強かった。 「片桐さん――あれは本心っスか?」  加納は華無姫かなしひめを見た。 「私はあなたが来られることを望んでおります」  あの言葉は自分を惑わし、騙す、甘言だったのかと。

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