「片桐結月と申します。よろしくお願いしますね」 「う、うっス!」 名は片桐結月といった。 新入社員だ。歳は四つほど下。 「加納さん、よろしければ今晩……」 「お、俺と?」 「はい、是非とも」 加納は驚いた。 女性からの誘いは初めてだった。 「アスマエレクトニックに戻りませんか?」 「えっ……」 「加納さんは埋もれるには惜しい技術者です」 片桐はアスマエレクトニックが送った産業スパイだった。 いや――実をいうと片桐だけではない。 紫雲電機に応募してきたものは、全てアスマエレクトニックの息がかかっていた。 「で、でも……俺……」 「自分にもっと素直になるべきです」 片桐はそっと加納の手に自らの手を重ねる。 「私としても……それを待ち望んでいます」 BU-ROADバトルの選手だったのは偶然だった。 彼女が過酷な共喰いを経て――。 仲間を引き釣り降ろして――。 今日という日にデビューするという。 「片桐さん……」 数日という短い間の出来事だった。 彼女の本心はわからない。 組織の命令か? それとも紫雲電機を混乱させ勝利を得るために? あるいは――。 ☆★☆ 『斬ったッ!』 斬りました。 烈風猛竜の両大腿部が横一文字に裂かれ、バチバチと放電しています。 『液体金属流刀! 科学のニューブレードだァ!』 手元の資料によると、アスマエレクトニックが新開発した流体合金タミリウムで作られた特殊武装。 操縦者の脳波を伝授、反応。 様々な形状に変化する自在の万能刀、とのことです。 「お前、機能を使え!」 モニター越しから社長が叫びます。 ここまでの試合、烈風猛竜は全く機能を使っていません。 「機能ね。説明書のコピーは貰ったけどさ」 華無姫の液体金属流刀が刀の形状から、 「動きが止まりましたよ。まるで巻き藁です」 鎌へと変化します。 『舞うッ!』 水平斬り。 『舞うッ!』 袈裟斬り。 『舞うッ!』 逆袈裟斬り。 『剣舞! これが和の伝統ッ!』 回転斬り。 繰り広げられる剣劇。 無駄なく、迅く、効率よく。 それはカマキリが、獲物を捕食するかのようです。 「マ、マシンの修理費が!」 烈風猛竜の四股が裂かれ、社長はムンクの叫び。 両腕、両脚、流れるのは放電という名の流血の光景。 「ヤバッ!」 シュハリはふっと一息。 全ての攻撃を紙一重で見切り、致命傷は避けています。 が、マシンのダメージは蓄積されています。 このままでは、倒されるのは時間の問題でしょう。 「ったく!」 社長は頭をかきながらアドバイスを送ります。 「機能を使え! 相手を近付けさせるな!」 「どういうこと?」 「風圧掌だよ! 風圧掌!」 「ん?」 「一応の操作法は教えてもらっただろ」 「紙ベースだけどね」 「音声認識システムが反応するからやってみろ」 「……了解!」 烈風猛竜は両手をかざし、 「風圧掌!」 空気弾を発射します。 「ハッ!」 華無姫は水平に腕を振り、空気弾を寸断しました。 「ウ、ウッソだろ?」 観客席から試合を見つめる粟橋さん。 この見事な刀捌きに驚いています。 山村さんが顎に手を当てながら感心した様子です。 「なるほどね、空気弾はストレート軌道。読みやすいよね」 続けて、野室さんが首のストレッチをしながら何やら言ってます。 「変化球が出来るように改良するか」 試合場。 華無姫は両手に武装された液体金属流刀を胸前で合わせます。 そして、構え――剣道でいうところの正眼に構えます。 「お覚悟を……」 両の手の、 『こ、これは! なんだァ~~!?』 液体金属流刀が合わさり、 「現代瓶割刀にて、一刀両断とさせて頂きます」 大太刀へと変形します。 「俺の頃は、こんなビックリドッキリ機能はなかったぞ。せいぜい拳に電撃を込めるか、ロケットパンチを飛ばすくらいしかなかったのに」 シュハリの言葉に片桐さんが返します。 「科学技術は日進月歩ですよ。殺人術たる武術が格闘技になったように」 「お姉さん、理屈っぽいよ」 華無姫は切っ先を向けたまま、ジリジリと間合いを詰めます。 「我々、古流が生き残るために踏み台になって頂きます」 「踏み台?」 お互いの制空権が、 「歴史の流れ。術は時代の流れと共に遊戯、スポーツと化した」 一歩、 「いけないことかい?」 一歩と、 「そのため古流は伝統芸能になり、形骸化した」 触れ合い、 「それが先人が選んだ道だよ」 片桐さんは、華無姫は両腕を振り上げ、 「遊戯者に何を言っても理解らないでしょうね」 踏み込み、 「武の本質は殺人術にあり! BU-ROADバトルで大衆に思い知らせる!」 ――斬捨て御免! 真向に振り下ろされました! 『無惨! 一刀両断か!?』 白刃一閃。 無惨にも烈風猛竜は真っ二つ!? 「何をそんなに力んでいるのやら」 「なっ……!」 否。 『こ、これは』 振り下ろされた液体金属流刀を、両手の平で合わせ防いでいました。 『真剣白刃取り!?』 実行不能の客寄せ的な曲芸。 演武や映画でしかお目にかかれません。 ですが、演武者同士の技量、呼吸が合わなければ大怪我につながる危険な技です。 ――オオオオオオオオオオッ! 「初めて見た!」 「カッコイイ!」 映画さながらのシーンに観客達は大興奮です。 静寂とした雰囲気から喧噪と変わります。 「くっ……バカな! 何故動かないんだ!」 片桐さんは必死に操縦しようにも微動だにしません。 マシンのパワーに差があるからでしょうか? 「これ生身の戦いだったら、絶対にケガしてるよな」 どうやら違うようです。 振り下ろされた液体金属流刀を瞬時に挟み、冷却装置・氷満象で固めていたのです。 「演武の続きをしようか」 「貴様ッ!」 「そちらにも事情があるんだろうが、あんたは勝つために人の心を弄んだ」
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