ルドヴェンティブ
第17話:花蟷螂

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「加納、今度の商品はAIが認識して動かす全自動フードプロセッサーだ」 「うっス」 「自宅療養する高齢者向けで――」 「うっス」 「ん……加納、お前どうしたんだ」 「うっス」 「…………」 「うっス」 「加納く~~~~ん!」 「うわわっ! しゃ、社長!」  最近、加納さんの様子がどうもおかしいのです。  仕事の集中力がないというか何というか……。 「集中しろ」 「は、はい……」  加納さんは紫雲電機製品のプログラミングを担当していますが、どうも最近はミスが多いようです。  先日、新製品のロボット掃除機が誤作動を発生。部屋中を暴走して止めるのが大変だったそうです。  その原因はプログラミングのスペルミス、云わばイージーミスだったようで……。  試作品だからよかったものの、これが市場に流れているものだったら大変なことになっていました。 「加納! お前たるんでるぞ!」 「す、すいませんっス!」  ここ数日、社長や粟橋さんに注意を受ける場面をよく目にします。  私が叱られて小さくなる加納さんを眺めていると、 「どうされたんですか?」  髪を結った眼鏡の女性が声をかけました。  彼女は片桐結月さん。  数日前に入社してきたばかりの新入社員です。  艶やかな黒髪に、眉目よい顔立ち、眼鏡の奥にある瞳は優しげ。  女性である私もドキッとするほどのキレイな人です。 「またミスしたみたいで」 「優秀な方とお聞きしたのですが……」 「ま、まあ……」  以前、山村さんが言っていました。  加納さんは、アスマエレクトニックでロボットプログラミングを担当。  特にBU-ROADバトル用マシンの動作プログラムは、操者の個性に合わせたものを組むので、上層部やファイター達に評判だったそうです。  我が社の烈風猛竜ルドラプターもシュハリが操作しやすいよう、試合ごとに加納さんが微調整しています。 「ふふっ……しっかりして欲しいものですね」  片桐さんはそう一言述べると、自分の仕事に戻っていきました。  それを見計らうようにして、シュハリが私に話しかけてきます。 「パイセン」 「ん?」  普段は窓際で書類整理などの軽作業をします。  最初は覆面姿で働くシュハリに戸惑いを感じましたが、慣れというものは恐ろしいもの。  いつしか、みんな何事もなく業務をするようになっていました。 「ランチ、一緒にいかない?」  意外な一言。  私が「うーん」と悩んでいると、 「行ってきなよ」  山村さんが背中を押しました。 「や、山村さん!」 「同じ広報部なんだからさ」 「は、はぁ……」 ☆★☆  レストラン・アレッサンドロ。  ここはリーズナブルなイタリア料理を提供、ビジネスマンに人気のお店です。 「外さないんですか?」 「覆面レスラーがマスクを取るか?」 「そういう問題じゃなくて……」  一緒に来たのはいいんですが、シュハリはマスクを外そうとしません。 「ねェ……あそこの人……」 「ぷぷっ!」 「犬〇家の一族かよ」  店員、お客さんを含め、ジロジロと見られ、笑い声やヒソヒソ話が聞こえます。 (は、恥ずかしい!) 「パイセン、顔が赤くなってるぞ? 体調が悪いのか?」 「外へ出るときくらいマスクを外して下さい!」 「なんで?」  シュハリは全然気にする素振りはありません。 「少しは周りのことを考えて下さい!」 「人を気にしてメシが喰えるかい?」 「あ、あのですね!」  私がかっかしていると、 「あ、あのゥ……シュハリ選手ですよね」  若い男性が話しかけてきました。 「一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」 「いいぜ」 「ありがとうございます!」  男性は申し訳なさそうな顔をして、通信携帯機を取り出しました。 「すみません。お手数ですがこれで」 「え、ええ」  私は内蔵されているカメラでパシャリと撮影。  男性はペコペコとお辞儀します。 「デビューからずっと応援してるんで!」  一流BU-ROADバトルの選手ともなれば、大手メディアの番組に出演するほど人気があります。  我が社は前座での試合が多い状況ですが、ここまでデビュー戦負けなし。  コアなBU-ROADバトルファンの間では話題によく上がっていました。 「ありがとうございました!」  男性は嬉しそうに自分の席に戻っていきました。  店内は少しざわめき出しました。 「有名人?」 「思い出した! デビューから負けなしのBU-ROADバトラーだよ」 「ああっ! ホントだ!」  私はざわめく周囲を気にしながら言いました。 「食べないんですか?」  テーブルには、シュハリが注文したピザが置かれています。  しかし、食事をするにはマスクを外さねばなりません。 「そうだな」  シュハリはそう述べて、マスクに手をかけます。  誰もシュハリの素顔を見たことがありません。  ゴクッ。  緊張の一瞬――。 「来たな」  シュハリが何故か手を止めました。 「えっ?」 「あそこの席を見てみな」  シュハリの指差す方向は後ろ。  そこには、加納さんと片桐さんが隣同士で座っていました。  こ、これは……も、もしかしてッ! 「職場恋愛オフィスラブ!」 「はーっ! 旨かった」 「あっ……」  シュハリはピザを完食していました。 ☆★☆  時刻はPM20:00。  アスマエレクトニックの練習場で、二機のマシンが対峙していた。  一つは黄鬼型のマシン、その名はレビンオーガ。武器となる手足は電撃を帯びている。  これは機体に叩き込むことで動きを止める機能ギミックを持つ。 「デビュー戦前の最終試験テストだ」  操縦者は三鬼暖己みきあつみ。  年齢は36歳、雷神流空手4段。  アスマエレクトニック専属の選手兼指導教官コーチである。  対するは――。 「先生、それは違います」  女性だ。 「違う?」 「これは先生――いえ、三鬼様が生き残れるかどうかの試合でございます」  操るは性別と同じく女性型のマシンであった。  色は白緑と牡丹色。  人と花蟷螂を掛け合わせたような造形、まるでからくり人形の如き機体。  これなるは新開発したBU-ROAD、華無姫かなしひめである。 「登録人数は限られているからな」 「どちらかが日の光を浴びます」 「負ければ、光から去らねばならない」 「はい」  BU-ROADバトルにおいて、一団体が登録できる人数は限られている。  ルーキーとベテランが生き残りをかけた一戦である。  独特の緊張した空気が流れるが、 「無論! 勝つのは俺だ!」  飛び出したのはレビンオーガ。  雷撃を叩き込まんとするが、 「なっ!?」  勝負は一瞬だった。  操縦ルームにいた三鬼は目を疑う。  モニターは真っ黒になり、赤文字で一文が表示されていた。  それは敗北LOSE――残酷な結果だった。 「手刀にて……」  別室では女の口元が緩む。  レビンオーガの頭部と体が寸断されていたからだ。

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