『真空飛び膝蹴りだッ!』 ミリアの実況がサムライドームに響きます。 古い時代のキックボクサーを思わせる見事な飛び膝蹴り。 ポン・カーンは受けた衝撃で、2,3歩後退しますが踏み止まります。 「実況さんよ、ネタが古すぎるぜ」 おどけた口調はなくなっていました。 演技はなくなり素になる、ということは相当なダメージだったのでしょう。 「タフなマシンだ」 操作ルームに映るシュハリは半身の姿勢。 それに合わせ烈風猛竜も同じ姿勢となります。 (偽りが上手い) シュハリは目を細めました。 目は口程に物を言う――何かの本で読んだことがあります。 目を細めるという行為は『不快』を現すと。 「片腕は大きなハンデだよねェェェッ!」 (言葉使いも……) 真正面から突っ込むポン・カーン、当然ながら烈風猛竜は拳技を打ち込みます。 『ローキック! ジャブ! ミドル! エルボー!』 「ヌヒヒヒッ! 肉を切らせて骨を断つんだよオオオん!」 ガシッ! (戦法も……) 打たれながらも、ポン・カーンはガッシリと掴みます。 烈風猛竜の両脇に自らの両腕を差し込んでいます。 あの体勢、あれはプロレスでいう――。 (マシンの性能も……) フロント・スープレックス! 「これがボクのフェイバリット・ホールドォォォオオオッ!」 ――いよかんスープレックス! (偽りという箱の中に――強さを忍ばしている!) ☆★☆ 「お客さんはこれだけか?」 「商店街とかに営業かけたんですがねェ」 今日も試合は閑古鳥だった。 若気の至りで所属団体を退団――勢いでオレンジプロレスを旗揚げしたけど客はまばらだ。 そんな中でも来たお客さんには楽しんでもらう。俺達は人々に心のビタミンCを与えたい。 「全力でやるぞ! お客さんには楽しんで帰ってもらう!」 プロレスを通じて、平凡な人生の中にも『生きる楽しみ』があるってことに気付いて欲しい。 あの偉大なアントニオ猪木も言ってただろ? 「元気があれば何でもできる!」ってな。 そのためにも、プロレスを通して元気を与えたい。でも現実は――。 「タダ券だから見に来たけどよ。つまんねェのな」 「やっぱ見るなら、総合とかボクシングだよな」 「全部八百長なんでしょ?」 客の声が心を刺す。 「シャイ! シャイ! いくぞオラッ!」 盛り上げようとするが。 「同じ見るなら、やっぱライジングプロレスよね」 「あそこの選手カッコいいし!」 「そうそう! この間さ――」 虚しさばかりが残った。 俺達は、他のプロレス団体に負けないほどの試合を見せているつもりだ。 それに大手には出来ない地域に根差した活動をしている。 商店街のイベントにも参加したし、老人ホームや児童養護施設にも訪問もした――がさっぱりだ。 「今なら! この紫雲電機のスチームトースターが1万9800円! 1万9800円だよオオオん! 買うなら今しかないよねェェェエエエん!」 プロレスだけでは喰えないのが現状、だから俺はシラヌヒ・ストアを作った。 最初は自主製作のネット動画から始まったが、今では俺のキャラと話術が受けて販売する商品は注文が殺到。 こうして、テレビショッピング事業が出来るほど大きくなった。 「お疲れ様でした!」 会社はデカくなった。でも虚しい……本当にこれでいいのか? もっとオレンジプロレスを広めたい――プロレスラーの強さをアピールしたい。 「あの社長……」 「何だよプロデューサー」 「お会いしたいという方が」 番組終了後、美人さんが俺を訪ねてきた。 「アスマエレクトニックの飛鳥馬と申します」 名刺を見ると、アスマエレクトニックのお偉いさんだ。 飛鳥馬小夜子――開発部の技術主任とのことだ。 それに苗字から察するに飛鳥馬一族。そんなVIP級が何故俺のところに? 「何のようだい」 「紫雲電機と取引をしているんですって?」 「そうだが」 「それ、やめて下さらない」 早々にブッ飛んだことを言いやがった。 紫雲電機は出来たばかりのベンチャーだろ? 何があったか知らんが取引をやめろときた。 俺は簡単に「YES」と返事するわけにもいかない。会社の信用問題になるからだ。 我が社が扱う商品は中小企業やベンチャー企業の商品が多いからな。 「大手の圧力で販売取引を停止しました」なんて知られれば、各企業は俺らに不信感を持つ。 そのことは向こうも解っているようだ。飛鳥馬のねーちゃんは営業スマイルを浮かべた。 「というのは冗談。シラヌヒ・ストアには協力をお願いしたいの」 「協力?」 「BU-ROADバトルに参戦して下さらない。報酬も出すし、マシンも作ってあげる。それから特殊な操縦技術が必要だから専用のトレーニングも……もちろん、教えるのは優しくて美しい女性教官」 「急にそんなこと……」 「プロレスの強さを見せつけたくない?」 決定的な一言だった。 「YES!」 俺はこのビッグウェーブに乗った。 何が目的かは知らん。だがオレンジプロレスの宣伝出来るのならば――。 プロレスの強さを見せられるのならばッ! ☆★☆ 「ダッシャアアア!」 『超パワー! これがプロレスの強さかッ!』 烈風猛竜を反り投げるポン・カーン! ――オオオオオオオオオオッ! 怒号、地鳴り、歓声が包み込みます! あの体勢から解くのは不可能! このまま、シュハリは負けてしまうのでしょうか!? 「このBU-ROADバトルは機械格闘――マシンの構造に隙がある!」 「えっ!?」 しんと静まりました。私達はその光景を見て沈黙してしまったのです。 地面に叩きつけられていたのは烈風猛竜のはずでしたが――。 『ポ、ポン・カーンの頭が破壊されている!?』 地面に叩きつけられていたのはポン・カーン、頭部は空き缶のようにひしゃげています。 BU-ROADバトルのルール上、頭部を破壊されればKO負けです。 『スローVTRで確認しましょう!』 ビジョンにはスロー映像が流れます。 『こ、これは!』 烈風猛竜は左手でポン・カーンの長い顎を掴んでいました。 顎を支点に手で押し付け、垂直方向に叩きつけたのです。 ○ BU-ROADバトル 契約ファイター:シュハリ スタイル:??? BU-ROADネーム:烈風猛竜 スポンサー企業:紫雲電機 VS 契約ファイター:マスク・ド・シラヌヒ(本名・清巳凡至) スタイル:プロレスリング BU-ROADネーム:ポン・カーン スポンサー企業:シラヌヒ・ストア 勝者:『シュハリ』
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