ルドヴェンティブ
第19話:テクノバンディット

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「体調不良じゃなかったのかい?」  シュハリは上着のポケットに手を入れたまま、間合いを詰めた。 「そ、それは……」  片桐の視線は右上方を向いている。 「ウソを考えているね」 「え?」 「目の向きだよ」 「私は――」 「片桐結月、年齢は二十四歳。流儀は瞑心流」  片桐は瞳孔が開く。  人は『驚き』という危機的状況になると、 「少し……重心を落とした」  身体が臨戦態勢へと入り――武道家の本能が表す。  よく訓練された者がする反応であった。  シュハリは左足を前にして、歩みを止める。 「どうやって潜り込んだ? ハローワーク? それとも転職サイト? もしくは募集広告――」 「い、いえ……私……」 「ここは小さい会社なんだ。あんたらは何をムキになって潰そうとしているんだい」  片桐は眼鏡を外し、 「潰さねば、顔が立たない――と」  長い黒髪を後ろで結んだ。 「ヤクザかよ」  シュハリの言葉に、片桐の目が鋭くなる。  まるで妖刀の如き眼光である。 「それに私も勝ちたい」 「あん?」 「今度、デビューするんですよ」  そう述べると片桐は突きを放った。  ディスプレイ画面の僅かな光に何かが反射した。 「ッ!」  シュハリは跳躍して後退。  片桐の手に仕掛けられたものは、 「秘武器か」  秘武器――つまりは隠し武器である。 「それ、映画で見たことがあるね」  片桐の人差し指と中指の間に、鋭利な刃物が握られていた。 「プッシュダガーナイフです」  プッシュダガーナイフ――欧米・19世紀初頭に民間人の近接戦闘兵器として始まり、第一次世界大戦の塹壕戦でも用いられた武器だ。 「殺す気かよ」  シュハリのジャージの袖は破れ、血が滲んでいた。  突かれたのだ、斬られたのだ、裂かれたのだ。 「試合ではない、死合も楽しいかと」 「オレはスポーツマンだよ」 「いつまで『オレ』だのと、殿方が使うような言葉をお使いに?」 「はァ?」 「そもそも、あなたは競技者ではないでしょう」 「おい……」 「わかっているんですよ。あなたは私と同じ古武術の――」 「喋り過ぎだぜ!」  シュハリは跳躍した。剣歯虎のような俊敏な動きであった。  構えは――半身の体勢で両腕を交差させていた。  急所が点在する正中線を護っているのだ。  突かれても、斬られても、裂かれても、致命傷だけは避けようという戦法だ。 「ふっ!」  片桐は強かに笑うと、顔に砂礫すなつぶてをかけた。  キラキラときらめく、ガラス片――眼鏡のレンズだ。  片手で握りつぶし、即席の秘武器を作っていたのだ。 「くっ!」  シュハリは一瞬怯んだ、生物の生理反応。  如何に訓練された格闘者であろうと、抗うことが出来ない反応だった。 「ヤッ!」  気合一閃。  片桐は中段蹴りを放つも、 「軽いね」  シュハリは蹴りを体と腕で挟み、 「くっ……」  片桐の脚部を掴み、 「トウッ!」  体の真後ろに向けて倒した。投げ技だ。  柔道の隅返すみがえしや巴投げのような捨身技の一種である。  ただし、放り投げるような技だ。 「…………!」  空中に浮く片桐は体を捻った。  トンと床に着地。まるで体操競技――忍者のような早業であった。 「ふぅ」  と息をつく片桐。  数センチ着地点がズレれば、硬いデスクに当たるところであった。  一方のシュハリは、 「スタントマンになるかい?」  と述べ、BU-ROADバトルで使う構えを見せる。 「お見事でしたよ――虎尾返し」  片桐はそう言った。技名のようだ。  シュハリは目を細める。 「知っているのか」 「教官より一度だけ教えて頂きました」 「なら伝えておいてくれ」  シュハリは覆面を脱いだ。  顔は暗くよく見えない。 「戻るつもりはないと」 「もちろん――」  片桐は立ち上がり、両手をだらりと下げた。  シュハリは警戒する。  一見すると無防備に見えるこの構え、が逆に厄介だ。  どのような技を出すか読めない。 「最悪、再起不能にしても構わないと」  片桐は涼やかな笑みを浮かべた。  シュハリはジリジリと間合いを詰めた。 「ひどい親がいたもんだ」 「技が外へ漏れては困りますから」 「よく言うよ、藤宮流は外部にダダ洩れじゃないか。あんたも教わったんだろ?」 「少しだけ――教官は流儀の表側しか教授しておりませんよ」  片桐はオフィスチェアを掴み、 「あれは、古流を存続するための一環!」  滑らせた。  キャスターが滑らかに転がり、シュハリに向かう。  シュハリは横に躱し、片桐を見据えるも――。 「いない」  既に姿は見えない。  シュハリは周囲を警戒するも、気配は完全にない。 「忍者じゃん」  構えを解いた。すると、  ブルルル……。  上着のポケットが揺れた。  通信携帯機に誰かから連絡が来たようだ。 「あんたかよ。今は取り込み中――」  シュハリは誰かと話し始めたようだ。 ☆★☆  BU-ROADバトルの試合が始まりました。  今回で4試合目となりますが――。 「どういうことだよ?」  粟橋さんを始め、野室さん、山村さんが観客席で固唾を飲んで対戦相手の名前を見ます。 『ここまで無敗のシュハリが相手にするのは――』  実況を務めるミリアの声が上ずっています。  心理的に動揺していました。 『片桐結月! 超無名超新星だ!』  シュハリの相手が新人ルーキーであることは知っていましたが……。  正直、その名を見たときは驚きました。 ○ BU-ROADバトル 契約ファイター:シュハリ スタイル:??? BU-ROADネーム:烈風猛竜ルドラプター スポンサー企業:紫雲電機 VS 契約ファイター:片桐結月 スタイル:瞑心流 BU-ROADネーム:華無姫かなしひめ スポンサー企業:アスマエレクトニック 「何で試合に出てるんだよ!」  粟橋さんが立ち上がって叫びました。  山村さんが頭をかきながら呟きます。 「そいや、無断欠勤が続いてたよね」  野室さんは腕組みしながらボソっと述べます。 「加納もな」  そう二人は体調不良を理由に仕事を休んで以来、無断欠勤が続いていました。  一方、セコンドにつく社長ですが――。 「産業スパイテクノバンディットだったか……」  その言葉にシュハリは返しました。 「何も盗まれちゃいないさ」 「えっ?」 「どうしたんだい、社長さん」 「お前――」 「すぐに終わらせる」  シュハリが動き――烈風猛竜ルドラプターが起動します。  その構え、 『おやおやおやおや!? いつもと違うぞッ!』  外連味のない組手構えでした。

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