ルドヴェンティブ
第11話:町工場ブルース

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 茶色みがかった壁、ステンレス製の事務用デスク、黒椅子――昭和の香りが残るオフィス。  ここは岡本精機。  主な事業は車や電子機器などの機械部品を製造、最近ではBU-ROADバトル用マシンのパーツ製造も外注で請け負っている。 「取引を中止したい!?」 「蓮也君には申し訳ないんだけどね……」  蓮也はメガネの男と話している。  メガネの男は歳は五十過ぎ。細身で七三分け、黒縁メガネをかけている。  服は青い作業着姿で、古き良き時代の経営者といった風体だ。  名は岡本康三朗。いさみの叔父であり、岡本精機の社長である。  見た目は冴えないサラリーマン風であるが、金属加工の技術は日本有数。  国内の大手企業はもちろん、海外からもその技術が高く買われ仕事の依頼が来るほどだ。 「まァ……そういうことで……」  康三朗は実に気まずそうな顔をした――蓮也は何かあるとは思いながらも、強い口調で述べる。 「急に言われても困ります! 烈風猛竜ルドラプターのパーツは、そちらで製造して頂いているんですよ!?」  そう、紫雲電機が開発した烈風猛竜ルドラプターのパーツは岡本精機で製造していた。  高強度の装甲、滑らかなマシン運動を可能とする複雑形状部品はここでしか出来ない代物。  ヒトに近い動きかつ頑丈なマシンを作り上げるには、岡本精機の協力なしには難しいのだ。 「いやはや……」  康三朗はメガネをかけ直す。  蓮也とは、アスマエレクトニックの技術者として働いていた時から懇意にしていた。  起業して間もない紫雲電機からの依頼を断らず、引き受けたのも蓮也の人柄を気に入ってのこと。  可愛い姪であるいさみに紫雲電機を紹介したのも、ここならば安心して任せられると考えたからだ。  姪が世話になっているとは思いながらも、康三朗は重苦しい口を開いた。 「えーっと……こちらにも色々と事情があってさ……」 「事情?」 「実は――」 ☆★☆  重苦しい空気が流れます。  社長と叔父との大事な話とは取引中止、つまり機械部品とマシンパーツの製造中止のお話でした。  その理由は、 「MUTURAからの要請で、うちと岡本精機との取引はストップすることになった」  圧力によるものです。  MUTURA――日本トップレベルの自動車メーカーとして有名。  BU-ROADバトルに参戦していて、数々の強豪選手とマシンを送り込んでいます。  シュハリとデビュー戦で対戦した灰野選手が、所属していた企業として記憶に新しいところです。 「岡本精機の仕事は殆どMUTURAからのものだ。大の得意先に圧力をかけられたら仕方がないよ」 「町工場の悲哀か――」  野室さんがボソッと述べて続けます。 「天下のMUTURAが何でまた?」 「俺にもさっぱりわからん」  野室さんの言葉に社長は首を傾げるばかり。  そうすると粟橋さんが私の肩をがっしりと掴みました。 「岡本、叔父さんとやらに何とか頼めないのか!」 「ええっ……そ、そう言われても困りますよぉ……」 「なんだと!? だいたいお前がここに就職できたのも――」  粟橋さんが言いたい言葉はわかります。  「お前の叔父の頼みを社長が聞いたからだぞ」と……。 「粟橋ッ!」  社長が珍しく声を荒げました。  粟橋さんはハッとした様子で視線を落としました。 「す、すまん……」 「いいんです。本当のことですから……」  自虐的になりますが事実です。  私は何となく地方大学――理系ではなく文系へと進学。趣味もマニアックでインドアなものばかり。  高校時代に仲良くしていた友達は、一流といわれる大学へと進学し、勉学もサークルも一生懸命。  いざ就職活動が始まると、目的に邁進し輝いていた友人達との差は歴然でした。 「学生時代に打ち込んだことは?」 「え、えっと……その……」 「ハァ……学生時代何をやってたのやら」  人前だと緊張して、面接もしどろもどろ。面接落ちした会社は指では数え切れません。  早々に就職が決まっていく友人達――私は大学卒業間近になっても決まらず。  不安と焦り……。  ゼミの教授や両親からプレッシャーをかけられる中、叔父の紹介で紫雲電機の面接を受けることになりました。 「学生時代に打ち込んだことは?」 「えっ?」 「学生時代に打ち込んだことだよ。面接のテンプレ」 「わ、私……その頑張ったことは……特に……」 「本当?」 「は、はい……」 「ハハッ! 君のことは知っているんだよ。活動してたんだろ、在学中から――」  社長は私の秘密を知っていたのです。  何れは皆さんにもわかるでしょうが、それはそれとします。 「ど、どうします?」  加納さんは無理に笑顔を作りました。重苦しい空気を払拭したかったのでしょう。  野室さんは肩が凝っているのか、左右に軽く首を回しながら答えます。 「パーツのストックはあるからな。暫くはそれで凌ぐ」 「対処療法だが仕方ない。新しい取引先を見つけないとな……」  社長は腕組みしながら虚空を見上げます。  紫雲電機はBU-ROADバトルに参戦を表明してから苦難続き――。 「理由はこれかな?」  ここまでずっと沈黙していた山村さん、わざとらしくそう述べました。  パソコンを見ています。私達は何事かと思い、液晶画面をのぞき込みました。 「どうしたんスか?」 「まずはBBJの公式ホームページをどうぞ」 「あっ!?」  そこには、BBJ公式から数日後に行われる対戦カードが発表されていました。  組まれるカードは10ゲーム、そこにはもちろん紫雲電機の名前と、 「MUTURAか……」  社長の視線の先は対戦企業であるMUTURA。  そして、野室さんが「ふぁ~~」とあくびをしながら言いました。 「また対戦が早く組まれているな」  みんな冷静さを保っていますが、目は笑っていません。  内心、嫌がらせともとれるBBJ――アスマエレクトニックのやり方に怒っているのです。 「話はまだ終わらないよ」  山村さんが別のタグをクリックします。  ネットニュースで、シュハリのデビュー戦に関する記事でした。 「注目」  山村さんが最後の文をドラッグします。 『敗戦したMUTURAのBU-ROADバトル事業統括・テッド星氏は「こんな屈辱は初めてザンス! 次に対戦する機会があればでザンスよ? どんな手を使ってでも必ず潰すザンス!」と独特の口調で述べ……』 「MUTURAは名門、ベンチャーに倒されたことが悔しかったんだろうね」 「卑怯っスよ! こんな汚いマネをして!」  加納さんは憤りますが、部屋の隅に座っていたシュハリが、 「汚くはない」  そう述べて立ち上がります。 「勝負は残酷さ」 (シュハリ?)  何故でしょうか……。  シュハリの言葉に説得力がありました。  それは経験したものだけが出す厚い重み。

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