織部 琉斗が異世界に流れ着き、コーデリアと契約してから、一ヶ月近く経っていた。 壊された街は落ち着き、いつもの日常が戻っている。 イスリーブの街で、コデロはいそいそとカレーを食べていた。朝から慌ただしい。 「急げよ。イスリーブの王様が、お前に会いたがっているそうだ」 食事を終えたコデロが、ダニーに言われて正装する。 ドレスを着るなど、いつぶりだろう。コーデリアだった頃は、ドレスアーマーを着て戦場を駆け回ったものだ。 このドレスは、ラキアスが用意してくれた。なるべくコーデリアに近い衣装を、とのことらしい。 鮮やかな赤いドレスは、たしかにコーデリア当時の面影があった。 「よく似合ってるわ、コデロ。素敵よ」 ダニーの娘であるミレーヌが、服の細かいところを調節する。 「ありがとうございます。おかしな点はありませんか?」 「ううん。いつでもお嫁に行けるくらいキレイよ」 最上級の褒め言葉を、ミレーヌは言ってくれた。 「まったく。こんな服、学会のパーティ以来だぜ」 タキシードで決めたダニーが、地下から上がってきた。 「よくお似合いですよ、ダニー」 「ノームにも衣装ってやつだ。いつまでも地下にいるわけじゃないさ」 ダニーが、蝶ネクタイを娘のミレーヌに直してもらう。 「なぜ、王が私なんかを」 「コデロ様は、街を救った英雄ですから」 ラキアスが入店してきた。 「いらっしゃい。コーヒーいかが?」 店主のミレーヌが尋ねると、ラキアスがうなずく。 「いただきますわ。アテムはあんみつでいいのですわね」 護衛のアテムが、「がってんだ」とあんみつにがっついた。 コーヒーを飲みながら、ラキアスがミレーヌと談笑する。 「相変わらずの甘党ですね。カレーの良さがわからないなんて」 「あんたこそ! 朝から甘いものは脳が活性化するんだぜ!」 朝からコデロとアテムは「ぐぬぬ」と、お互いに牽制し合う。 「まあまあ、二人とも落ち着きなさいませ。王の前に立つのですから」 「おはようございます。ラキアス様」 コデロが、カーテシーをこなす。 「ラキアス様。服まで用意していただいて、ありがとございます」 「よいのです。ドランスフォードの一件、大変でしたわね」 同情の眼差しを、ラキアスが向けてくる。 コデロは故郷のドランスフォードを、秘密結社デヴィランから奪還した。復興には、ラキアスの持つ資金と、人手を借りている。 とはいえ、いつまでも頼ってばかりはいられない。自力で再建する必要はある。近いうちに、新しい領主を招かねば。 「そのお洋服は、感謝の証ですわ。差し上げます」 「重ね重ね、ありがとうございます」 野蛮な場面しか見ていなかったので、リュートはコデロがお姫様だとすっかり忘れていた。 「ベルト様、なにか失礼な想像をしていませんでしたか?」 『してない。してないぞ!』 慌てて、リュートは弁解する。 しかし、コデロのジト目は収まらない。 「とってもよくお似合いですわ、コデロ様」 「ラキアス様、王様ってどのような方なのです?」 ドランスフォードは、あまりイスリーブとは交流がなかった。 兄のノーマンは、よくイスリーブへ赴いては、ドランスフォードの頭の硬さを指摘していたが。 「まるまる太った、若い男性ですわ」 王には息子が二人いて、次男がまだ未婚らしい。 「近々、第二王子には縁談があるそうです」 「素敵ですね」 言葉では言うが、コデロにとってはまるで他人事である。 『まだ一五歳くらいだろ? 結婚なんて早すぎるんじゃないか?』 リュートの発言に、ラキアスが首を傾げた。 「この世界で一五は、もう元服の歳ですわ。第二次性徴が始まれば、成人とみなされますから」 『江戸時代みたいな結婚観だな』 「エドとは、ベルト様?」 『いや、こちらの話だ。ラキアス様』 リュートは口ごもる。 現代日本人の感覚を持つリュートは、この世界における結婚制度を理解しかねていた。 「いい人だぞ。冒険者に課す税金だってキツくないからな」 街の治安を守ることも仕事に含まれるため、免税されているらしい。ただ、冒険者自体が暴れたらその制度も崩壊する制限付きで。 『だが、コウガを軍事利用するのなら、断るぞ』 コウガの力は、怪人を倒すことだけに使われるべきだと、リュートは考えている。 「ご心配には及びませんわ、ベルト様。冒険者様方との連携は、取れていますわ」 懸念するリュートに、ラキアスが告げた。 今の所、イスリーブの冒険者はおとなしい。コデロも、冒険者たちが街で横暴な行いをしたり、夜に暴れだすといったトラブルを聞いたことがなかった。あったとしても、同業者間で処理するという。 互いが互いを監視しあっているらしい。 冒険者たちの性質を見越しての作戦ならば、王は相当のキレものである。自分の軍事力を使わずに、安い警備隊を指揮しているのだから。王は国政に専念できるというものだ。 「それに、『魔道具研究所』も正式に稼働いたしました。冒険者の方々も、少しは魔物退治が楽になるのではないでしょうか」 魔力石を付与して強化したアイテムを【魔道具】、縮めて【マギア】と呼ぶらしい。 「動物型の魔物なら、あたしでもやれるようになったぜ」 アテムが、三角形の斧を見せつける。これも魔道具と呼称すると、リュートは最近知った。 「肝心の所長様は、ソファでノビてるがな」 魔道具研究所の所長であるノア・ハイデンは、長いソファに身体を横たえている。本をアイマスク代わりにして、イビキをかいている。キャミソールにドロワーズという格好で。 「どうして、こんなところに?」 「飲み過ぎだと。あたしに飲み比べなんて挑むから」 コデロの問いかけに、アテムが肩をすくめた。 「せっかく、魔王を倒した立役者だってのに」 「はい。ノアがいなければ、私は魔王ヴァージルを倒せませんでした」 魔王を倒した武器を製造した研究者こそ、この酔っぱらいである。二日酔いになって、ゾンビと化しているが。
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