女性は身体じゅうが、ツタに浸食されていた。バラのつぼみが、髪飾りのようにこめかみから突き出ている。根が脳にまで及んでいるだろう。 あまりにも悲惨な姿に、コデロが吐き気を催す。 『大丈夫か? 直視しなくてもいいんだぞ』 「見届けます。デヴィランの悪事は、ここにまで及んでいるのですね」 『他人事では、ないんだな』 コデロの心境にやや変化があったのを、リュートは見逃さない。 今まで、コデロは自身の復讐に闘志を燃やしていた。 コーデリアとして、借りを返す責務を果たすのだと。 今のコデロは、他人に目を向け始めている。 おそらく、こちらが本来のコデロなのだろう。 根は、人を思いやれる人物なのだ。 「いかがしましょう」 『破壊する。それで供養してやろう』 コウガはカプセルを中身ごと、次々と破壊した。動物たちの死骸を潰す度、不快感が全身を駆け巡る。 死体が床に落ちて、びちゃびちゃと音を鳴らす。 こうも命を粗末にできるのか。コウガは、デヴィランへの怒りが増した。 残ったのは、女性の入ったカプセルだけだ。 『これで最後だな。壊すぞ』 「はい」 コデロはあまり乗り気がしないようだが、仕方がない。コウガは、意を決して拳を振るった。 『トゥ……なに!?』 瞬間、カプセルがひとりでに割れる。中にいた女性がカッと目を見開く。バラのつぼみが、ゆっくりと華を咲かせた。バラの中央には、食虫植物のような口が。 「ウフフ……ようやく目覚めたわ。あたしはバラの魔物【アルラウネ】! また、あたしに若い養分を吸われる哀れな小娘がやってきたのねぇ。さあ、あんたもあたしの養分におなりなさい!」 しゃべっているのは、花びらである。女性の顔は無表情のままだ。花びらはまるで食虫植物のように、パックリと割れた口をせわしなく動かした。 『これでも、ためらうか?』 「いいえ。全力で攻撃しましょう」 相手が怪人だとわかり、コデロはいつもの冷静・冷淡さを取り戻す。 『変、身。ライジングフォーム!』 「ひひひ、あんたがウワサのコウガね?」 怪人の胸に、新たな花が咲く。花びらは口のようにニヤリと笑い、牙を生やす。 バラ怪人は、新たにできた口で、舌なめずりをする。 「おいしそうな魔力だこと。どうやって殺してあげようかしら?」 身体に巻き付いているツタを、バラ怪人はムチのように操った。 『トゥア!』 バラのツタを使った連続ムチ打ちを、手刀で次々と打ち落とす。 だが、それはダミーだったらしい。足首を、別のツタに絡め取られてしまう。 『いかん!』 フィーンドバスターを、とベルトに手をかざそうとした。しかし、手首にもツタが絡まった。トゲが手足に食い込み、身動きが取れない。 「あたしには、こういうコトもできるの」 動物たちの死体に、バラ怪人がツタの先を打ち込む。 ツタを刺された動物が、けいれんを起こす。かと思えば、白目を剥いて起き上がってくるではないか。 「仮初めの命を吹き込んで、尖兵にすることだって可能なの」 ついさっきまで犬だった怪物たちが、犬より裂けた口を使って寄って来る。 「このまま痛い思いをしながら、ゆっくり食べられるがいいわ!」 大きく、ゾンビ犬が吠えた。 『そうはいくか。冷凍ガス! トゥア!』 コウガは、冷凍ガスを両手から展開する。 「があああ!」 目にガスを浴びて、バラ怪人が拘束を緩めた。 「今だ。火炎放射!」 両手から、コウガは火柱を放出する。 ゾンビ犬も身体を溶かされ、暴れ回った。身体が薬品に引火し、爆発する。 研究室がたちまち、火の海になった。 だが、コウガはなおも火炎放射をやめない。 「デヴィランの科学の粋を集めた研究棟が!」 『こんな設備は、ない方がいいんだ! トゥア!』 宝玉に光を集め、コウガは大地を蹴った。 『くらえ、コウガ・ライジングキック!』 宙返りの直後、ライジングキックを放つ。 渾身の足刀を喰らって、バラ怪人の胸元にヒビが入る。 「デヴィラン、あたしをもっと美しくしてぇ!」 手術台に身体を預けながら、バラ怪人は爆発四散した。 怪人の変身が溶けて、人の姿をかたどる。 若い女性だったはずの怪人は、たちまち枯れ果てた老婆の姿となった。最後にはミイラのように干からびて。 怪人の残骸を見て、コデロは愕然となっている。 「このお方は!」 『どうした、知り合いか?』 「はい。イスリーブの北方にある王国の妃殿下です。もう八〇を超えていたんですが」 しかし、怪人体では若い少女だった。 「私は一、二度しかお目にかかったことはありません。ですが、祖母と親しかったので」 魔法によっていつも若々しさを保っていた祖母を、よくうらやましがっていたとか。 「改造手術で、若返ったというのですか?」 おそらく、そうに違いない。 『デヴィランは、人間の欲望につけこんで、悪に走らせるのか」 人の心を蝕んで、巧みに操るデヴィランは野放しにはできない。 爆発音が鳴り響き、地震が頻発している。砦の研究棟を破壊したため、砦内部のエネルギーが暴走を始めたらしい。 「冒険者によって、各エリアで襲撃が起きています」 「最深部へ急ぐぞ」
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