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俺が白金の大迷宮という名のダンジョンを発見してからおよそ一ヶ月が経過し、季節は夏を迎えようとしていた。 そんなある日、俺がいつも通りダンジョンから帰宅しリビングに入ると、 「おかえり賢吾くんっ」 ソファに座ってテレビを観ていた結衣さんがこちらを振り返り笑顔で言った。 「ただいま。結衣さん、来てたんですね」 「ええ、お邪魔してるわよ」 いつになくラフで薄着な格好をした結衣さんは、テレビの電源を消すと立ち上がって俺のもとへとやってくる。 ちなみに結衣さんというのは俺の母さんの妹である。 「ダンジョン帰り?」 「はい、そうですけど」 「賢吾くんって結構レベル高かったりする?」 「ええ、まあ。そうですね」 俺が答えると、結衣さんはおもむろに俺の手を握り締め、上目遣いになる。 なんだろう……何か嫌な予感がする。 「賢吾くん、わたしね、賢吾くんに頼みがあるんだけど聞いてくれるっ?」 リビングには母さんもいて、結衣さんと母さん、計四つの目にみつめられる俺。 当然嫌だとは言えず、 「はあ、なんですか?」 と訊き返す。 「実はわたし今度結婚することになったんだけどさ」 「結婚!?」 俺は思わず声を大にしてしまった。 というのも結衣さんは美人だが、今まで男っ気がまるでなかったからだ。 実はもしかしたら、結衣さんは女性が好みなのではないか、とさえ思っていたほどだ。 「うふっ、驚いたっ?」 「え、ええ、まあ」 「それでなんだけどね、頼みっていうのはその相手のことなんだ」 結衣さんは少しだけ真剣な表情になると頼みとやらを話し始めた。 「実はその彼、あ、名前は才川さんっていうんだけど。才川さんはかなり裕福な家の方なんだけどね、その才川さんのお父様がダンジョンの所有者なのよ」 「へー、そうなんですか」 「そのお父様になんか最近脅迫文が届いてるらしくてね、ご家族みんな怖がってるみたいなのよね」 「脅迫文、ですか?」 「そうなの」 結衣さんは続けて、 「そこにはね、1億円用意しろ。さもないとお前の持っているダンジョンを破壊するぞ。って書かれていたらしいのよ」 と説明する。 「なんか、よくわからないんですけど……」 そもそもダンジョンを破壊なんて出来るのだろうか。 「ええ。警察に相談したらしいんだけどね、やっぱり警察もあまりまともに取り合ってくれなかったみたいでね。ほら、警察ってダンジョン関係のことになるとあまり介入したがらないじゃない」 「はい、まあ」 そうなのだ。 ダンジョンがこの世界に出現して以降、ダンジョン関連の法律が新たにいくつも作られたのだが、その法律の適用の仕方が難しいらしく、警察はあまりダンジョンにかかわる事件や事故については積極的に動こうとはしないようなのだった。 「でも無視するのも不気味でしょ。だからどうしようかって悩んでいたらしいのよ。そこへわたしが賢吾くんのことを話したら、一度賢吾くんに会わせてほしいってお父様にお願いされちゃってね。まさか義理のお父様になる人の頼みを断るわけにもいかないでしょ。それで賢吾くんに頼みにきたってわけなの。どう? わたしのお願い聞いてもらえないかしらっ?」 結衣さんはじぃっと俺の目を見て語りかけてきた。 俺の手を握る結衣さんの手にも自然と力が入っている。 俺は結衣さんには気付かれないよう、そっと視線を母さんに向けた。 すると母さんも両手を合わせ、「お・ね・が・い」と口を動かす。 こうまでされては俺も断るわけにはいかない。 そこで、 「わかりました、いいですよ。その才川さんのお父さんに会って話を聞けばいいんですよね」 そう返事をすると、 「いいのっ? 賢吾くん、ありがとーっ!」 結衣さんは俺に勢いよく抱きついてきた。 予想通りの結衣さんの行動に、俺は苦笑しつつそっと結衣さんを引きはがすのだった。

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