「こ、恋人っ? 俺が、岸田さんの恋人になるのっ? えっ?」 『やっぱり勘違いしてますよね。恋人になるといってもあくまで一時的なものです。少しの間だけ恋人のフリをしてほしいんです』 「あ、あー、そう。恋人のフリね……なあんだ」 勘違いさせるような言い方をしたのは岸田さんの方だと思うが……。 『どうですか? 引き受けてくれますか?』 「え、いやぁ……」 『やっぱり駄目ですよね』 「あー、いやそうじゃなくてっ。ちょっといまいち意味がよくわからなくて。理由を話してくれないかな? それから判断するよ」 『そうですか。わかりました。では電話でというのもあれなので、直接会って話します。今から出られますか?』 電話越しにそう訊いてくる岸田さん。 おそらくだが、どうせ俺とは違って無表情な顔で淡々と話しているのだろうな。 そんな様子が目に浮かぶ。 それにひきかえ、俺はというと告白されたのかと思い、少しドキドキしているというのにな。 今鏡を見たら、きっとおかしな表情をした自分の顔を拝めるに違いない。 「まあ、大丈夫だけど」 平静を装いつつ返すと、 『では、今から送る住所に来てください』 「あ、ああ。わかった」 『それでは、失礼します』 岸田さんはそう言って電話を切った。 「うーん……なんなんだ一体?」 とりあえず、どっか遊びに行くのはまた今度だな。 俺は身支度を整えると、自分の部屋を出た。 ◆ ◆ ◆ 「ここだよな?」 俺は岸田さんに教えられた住所までやってきていた。 そこは普通の住宅街の一角で、俺の目の前にはそこそこ立派な二階建ての一軒家がある。 それを見上げここでいいのかと思っていたところ、 「あ、木崎さん。どうも」 家の二階の窓が開き、そこから顔を出した岸田さんが声を降らせてきた。 「岸田さん。ここってもしかして岸田さんの家?」 「そうです。家にはわたししかいないので勝手に上がってきてください」 そう言うなり岸田さんは顔を引っ込めてしまう。 うーん、相変わらずつかみどころのない人だ。 俺は若干緊張しつつ、「お邪魔しまーす」と家に上がり込む。 どうやら家の中には本当に岸田さんしかいないようで、誰の返事も返ってはこない。 俺は視界に入った階段を上り二階へと向かった。 すると、 「木崎さん、いらっしゃいませ。わたしの部屋はこっちです。どうぞ」 と部屋の前で出迎えてくれる岸田さん。 そして俺を部屋に通すと、 「ちょっと待っててください。今飲み物を持ってきます」 そう言って部屋をあとにした。 お客に対するそれなりのもてなしは出来るらしい。 俺はなんとはなしに岸田さんの部屋の中を見回した。 若い女性の部屋に入るのは初めてだったので、新鮮な気分である。 しかし、相手は岸田さんだ。 やはり若い女性の部屋として思い描いていたものとは少々異なり、ぬいぐるみやDVD、男性アイドルのポスターといったものは一切見当たらなかった。 その代わりといってはなんだが、部屋のいたるところになぜかお札のようなものが貼りつけられていた。 ……不気味だ。 若い女性に対する幻想を打ち砕かれ、やや肩を落としているとそこへ岸田さんが戻ってきた。 手にはペットボトルに入った炭酸飲料を二つ持っている。 それを俺に差し出し、 「はい、どうぞ」 すました顔で言う岸田さん。 「あ、うん、ありがと……」 すると俺の表情を見て何か思うところがあったのか、 「? 木崎さん、もしかして炭酸飲料苦手ですか?」 と訊ねてきた。 「いや、大丈夫だけど」 「そうですか。よかったです」 つぶやき、そして俺の正面に座る岸田さん。 俺も岸田さんにならって床に腰を下ろした。 「勝手に入ってきちゃったけどよかったの? 家の人は留守?」 訊いてみたところ、 「留守というか、この家はわたしの家なので。住んでいるのはわたしだけです」 との返答が。 「え? どういうこと? この家ってまさか、岸田さんのものなの?」 「そうですよ。わたしが買った家です」 岸田さんはさも当たり前のように淡々と口にする。 「マジで? ……すごいね」 「そうですか? ダンジョンを所有していれば割と普通だと思いますけど」 「あ、そうなんだ。へー」 俺もダンジョンを所有しているが、自分名義の家など持っていないぞ。 「……」 「……」 俺が何か話さないと沈黙がまた訪れそうだったので、俺は気になっていたことを訊いてみた。 「あ、そういえばさ、使い魔の卵どうなった? どんなモンスターが生まれたか見せてくれないかな」 「あれですか。すみません、あの使い魔の卵は姪っ子にあげました」 「えっ? 姪っ子? にあげたの?」 「はい」 岸田さんは平然とうなずく。 「でも、岸田さん欲しがってたよね。あの使い魔の卵」 「はい。でも姪っ子がどうしても欲しいと。くれないと絶交すると言ったのであげました」 「あー、そう。いや別に俺に断ることではないから全然いいんだけどね。うん」 何を考えているのか、やはりわからない人だ、岸田さんは。 これ以上岸田さんと一緒にいると、岸田さんのペースにはまってしまい疲れそうだ。 そう思い、俺は本題に入ることにした。 「えっと、で、俺に恋人のフリをしてほしいっていうのはどういうことなのか、説明してくれる?」 「はい」 こくりと首肯した岸田さんは、俺の目をじっとみつめながらこう言った。 「実はわたし、今ストーカーされているみたいなんです」
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