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――遊園地をあとにして帰りの電車に揺られていた時のこと。 一日中ベビーに振り回されたことで、俺はかなり疲れていて、電車独特の気持ちよさも相まって、無意識のうちに座席に座ったまま居眠りしていた。 一体どれほどの時間眠ってしまっていたのだろうか、ふと目覚めると電車は見知らぬ土地を走っていた。 寝ぼけまなこで、 「……ベビー、起こしてくれればよかったのに」 ささやきながら俺は視線を落とした。 だが、俺の腕の中にいるはずのベビーの姿がそこにはなかった。 「あれ? ベビーどこだ……?」 いまだぼんやりとした意識の中、俺は首を左右に動かしてベビーを探す。 と電車内には、ベビーの姿はおろか、誰一人として乗客の姿はなかった。 「うん?」 乗客が一人もいないことを不自然に感じつつ、俺は立ち上がった。 そして周りをよく見回した。 その頃になってようやく意識が覚醒してきた俺は、「ベビー!」「どこだ、ベビー!」と大きめの声でベビーの名前を呼んだ。 すると隣の車両から一人の男がこちらの車両へと移動してきた。 俺はとっさにベビーの名前を呼ぶのをやめるが、直後、俺は信じられないものを目にする。 「ベ、ベビーっ!?」 隣の車両からやってきた男の左手がベビーの首根っこをがっしりと掴んでいたのだ。 さらに右手に持ったダガーナイフをベビーの首に突き立てていた。 「な、なんだあんたっ、ベビーに何してるんだっ……!」 俺は思わず大声で叫ぶ。 「ベビー? あー、こいつのことか? なんだお前、モンスターに名前なんかつけてるのか。変な奴だな」 と男はしゃがれた声で返した。 男の身長は175cm前後、おそらく俺と同じくらいだと思われた。 黒いハンチング帽を目深に被っていて、目元はあまりよく見えない。 全身黒ずくめで年齢は30代後半くらいだろうか。 「何してるって聞いてるんだっ! おい、ベビー無事かっ!」 『……マ、マスター……ごめんよ。お、おいら――』 「モンスター風情は黙ってろ」 ささやくと男はベビーの顔面を殴りつけた。 『んぎゃっ……!』 ベビーが小さく鳴く。 「おいやめろっ!」 「へっへっへっ」 「な、何が望みだっ……なんでこんなことをするんだっ」 ここまでの言動からして男はいきなり何をするかわからない。 俺は努めて冷静に話し合おうとする。 「そ、そのモンスターを返してくれ。ベビーっていうんだ。俺の友達なんだ」 「別に返してやってもいいぜ」 と男。 「本当かっ。じゃあ――」 「その代わり、お前が持っているダンジョンの所有権を放棄してもらおうか」 男は俺の目を見据えてそんなことを言ってきた。 「え? 所有権を、放棄だって……? ど、どういうことだ……?」 「どうもこうもないさ。お前、最近都内の公園に出現したダンジョンの所有者だろ。オレはダンジョン集めが趣味でな、お前のダンジョンもいただこうと思ってんだよ。そんでそこのモンスターもアイテムもオレが狩ってやるんだぜ」 「そ、そんなこと不可能じゃないのかっ? ダンジョンは最初に足を踏み入れた者以外は入ることが出来ないだろ」 だからこそダンジョンの価値はとてつもなく高く、誰もがそれの所有者をうらやんでいる。 「それくらいあんたも知ってるだろ。世界共通の常識のはずだぞ」 「ふっ、それが違うんだな」 男は鼻で笑うと鋭い視線を俺に向けてきた。 「所有権を別の人間に移す方法はあるんだよ」 「ど、どうやるんだ……? それをすればベビーは返してくれるのか……?」 「ああ。なあに簡単なことさ」 前置くと、男はこう続けた。 「お前が死ねばいいんだ」

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