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「……さん、起きてください。木崎さん」 優しい声が頭上から降ってくる。 俺はその声にいざなわれるようにして、目を開けた。 「……ぅん? あ、あれ? 岸田さん?」 「どうも」 目の前には岸田さんの顔があった。 気付けば俺は、岸田さんの膝の上に頭を乗せて寝ていたようだった。 「おわっ、ご、ごめんっ」 「いえ、わたしが勝手にしたことなので」 いつも通り平然とした様子の岸田さんはそう言うと、ベンチから立ち上がり「うーんっ」と背伸びをする。 「お、俺、なんで岸田さんに膝枕なんか……」 「憶えていませんか?」 岸田さんにそう問われた俺は頭をフル回転させ、記憶の糸を手繰り寄せる。 すると次第に、おぼろげながら記憶がよみがえってきた。 そ、そうだ。 たしかダンジョン所有者限定バトルトーナメントの決勝戦で、岸田さんとまさにこれから戦おうとしていたんだった。 それで試合開始直後に、岸田さんが何かつぶやいたと思ったら、俺は突然気を失って……。 「っていうか試合はっ?」 「試合はもうとっくに終わりましたよ」 そう答える岸田さんの肩越しには夕日が赤々ときらめいて見えた。 「わたしが優勝しました。これ、優勝賞品の使い魔の卵です」 言って岸田さんはカラフルな模様の卵を見せてくれた。 「そ、そっか。俺、岸田さんに負けたんだね」 「はい」 余裕で優勝できると思っていたのに、まさか岸田さんに負けるとは。 俺はため息を吐きつつ周りを見渡す。 するとそこはバトルトーナメントの開催場所の最寄り駅だった。 「もしかして、岸田さんが俺をここまで運んでくれたの?」 「はい。わたし結構力あるので」 「そう。ありがとう。なんか迷惑かけてごめんね」 俺がお礼と謝罪を同時にすると、岸田さんは少しだけ申し訳なさそうな顔になる。 「すみませんでした。卑怯な方法で勝ってしまって」 「え?」 「わたし、どうしても使い魔の卵が欲しくなってしまって……まともにやったら木崎さんには勝てないと思ったので、わたしのスキルで木崎さんを眠らせてしまいました」 「あー、そうだったんだ」 俺の記憶がおぼろげなのは岸田さんのスキルのせいか。 相手を眠らせるスキル……それは想定していなかった。 「もしよかったらこれ、いりますか?」 言いながら岸田さんは使い魔の卵を俺に差し出してくる。 「いいよいいよ。優勝したのは岸田さんなんだからっ。それにスキルありの勝負だったんだから全然卑怯とかじゃないし」 「そうですか。じゃあ、遠慮なく」 岸田さんは俺の言葉を聞いてすぐさま卵をバッグの中にしまう。 なんだかんだ言って、結局、使い魔の卵は手放したくないようだった。 とそこへ電車がホームへとやってくる。 岸田さんは、 「木崎さん。帰りましょうか」 俺を振り返って言った。 「うん、帰ろう」 「あ、木崎さん」 「ん、なに?」 「今日は楽しかったですね」 これは俺の気のせいかもしれないが、俺にそう言った岸田さんはとても幸せそうな顔に見えた。

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