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「うわっ、すごいなこりゃ」 公園に入ると、そこには昨日の夜とは比べものにならないほどたくさんの人がいた。 みんなスマホを持ってダンジョンの入り口を撮影している。 さらにそれだけではなく、報道陣や記者の姿も見受けられた。 どうやら今になって新たなダンジョンが出現したことは、巷での大きな話題となってしまっていたようだった。 「なるほどね……」 俺は思わず苦笑いを浮かべる。 しかしそれも無理はないかもしれない。 逆の立場だったら、俺だって野次馬根性をあらわにしていたことだろう。 しかし、 「……」 さすがに大勢の人たちをかき分けて、ダンジョンに入っていくのは気が引けるな。 ダンジョンを所有するということは、すなわち一等の宝くじを当てるようなものだからな。 むざむざ人だかりに分け入って、自慢するようなことはしたくない。 とはいえ、このままではらちが明かないのもまた事実。 どうするかな……。 ダンジョンの周りに群がる人たちを遠巻きに眺めつつ、俺は「はぁ」とため息を一つ吐いた。 とそこへ、 「あれ? 賢吾くん?」 背後から俺の名を呼ぶ女性の声がした。 「え?」 振り向くとそこにはスーツ姿の美女――結衣さんが立っていた。 「何してるの? こんなところで」 「あー、いや、ちょっと……」 俺は口ごもる。 今俺の目の前にいる結衣さんというのは、母さんの妹でいわゆる俺の叔母さんである。 年はたしか30後半だったか、常にポジティブでアクティブな女性なので、俺とは昔からあまり価値観が合わない。 しかし、そう思っているのは俺だけのようで、結衣さんからはちょくちょく『一緒にラフティングでもしに行かない?』などと誘いのメールが来るのだ。 母さんの妹という立場上、断りづらいので毎回非常に悩ましい。 「っていうかこれ、なんの騒ぎなの?」 背伸びをしながら結衣さんが訊いてくる。 「えっと、なんていうか……」 正直に話したらどうなるだろう。 結衣さんのことだから、きっと「えーっ! すごいじゃん、賢吾くんっ!」と周囲の人たちに聞こえるように声を大にして、俺の背中をバシバシ叩いたりするのだろうな。 いっそ無視してこの場を立ち去ってみようか。 いやいや、そんなことをしたら結衣さんは大声を出して俺を追いかけてくるに違いない。 そういう人なんだ、結衣さんは。 そんな風に考えを巡らせていたところ、 「昨日、ここに新しいダンジョンが現れたんっすよ」 俺と結衣さんの会話を聞いていたらしい野次馬の一人が話しかけてきた。 「あら、そうなの? へー、ダンジョンがねぇ」 「おれ、昨日の夜ここにいたんで、スマホで動画も撮影しときましたよ。観ますっ?」 若い男は訊かれてもいないのにべらべらと続ける。 「ええ、お願い」 「ほら、これがダンジョンの入り口っすよ。んでこのあと、中から男が出てきて……ってあれっ? あんた、昨日のダンジョンの人でしょっ?」 スマホの画面を観ていた若い男が、俺の顔を指差し言い放った。 それを受け結衣さんも、 「あら、ホントだわっ! これ賢吾くんじゃないのっ! 何どういうこと、賢吾くんが一番にダンジョンをみつけたのっ?」 俺に向き直る。 「あー、はい、まあ一応……」 「すごいじゃん! なんで黙ってたのよっ、もうっ! 姉さんは知ってるのっ?」 「いや、別に母さんはどうでもいいっていうか……」 「そっかー、賢吾くんがダンジョン所有者かーっ。すごいなーっ」 感慨深げに言うが、結衣さんは声が大きいので自然と周りに人だかりが出来始める。 「結衣さん、ちょっと声が大きい――」 「皆さーん! ここにいる木崎賢吾くんがそこのダンジョンの所有者ですよーっ! 今からダンジョンに入りますから通してくださーい!」 「ちょっ、結衣さんっ……」 結衣さんは声を張り上げるが、もちろん結衣さんに悪気などはない。 本気でよかれと思ってやっているのだ。 だから一層タチが悪いのだが。 否が応にもその場にいた野次馬たちから注目を浴びてしまう俺。 ――こうなりゃ、やけだ。 俺は「すいません、通してくださいっ」とうつむき加減でダンジョンの入り口へと人波をかき分けていく。 そして、「賢吾くん、頑張ってねーっ!」という結衣さんの激励の声が背中にぶつかる中、早々にダンジョン内部へと足を踏み入れるのだった。

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