落ちる。落ちる落ちる落ちる。真っ黒な世界真っ暗な空間。いや「暗い」というのは何かおかしいかもしれない。だってあたしの体も、離れないようにとしっかり捕まえているせりの姿も見えるんだから。 暗かったら何も見えないはずなのに見えてるってことは暗いって訳じゃない。 あたしのことを掴んでる有紀も、その有紀に捕まっているであろう七瀬もきっと同じはず。 ――なんて、冷静に考えていられるか!! 「いやぁあ!!なんで!?なんで落ちてるのあたしの家どこに繋がってるの!?どうなってんのぉ!?」 「はっはー!みよこの、暗闇の中落ちながらもポーズ出来るこの俺を!」 「ちょっと有紀、止めなさいよ。動いたら掴みにくい」 「あ、吐きそう」 せりが死ぬ!!さらりと言ったけど、せりの顔は真っ青だ。ちょっと待って一番下にいるせりが嘔吐したとすると、この落下している状態だったら上にいるあたし達三人が色々と危険だ! それを察知したのか、七瀬と有紀の二人はあたしを壁にするように身体を動かした。お願いだから盾にしないで!! ぎゃあぎゃあと四人で騒ぎながらも、ふとこの空間で気がついた。ただ真っ黒いだけじゃない。よくみたら所々に何か光……というよりは、穴みたいな物がある。 何だろう、と他の三人に言おうと思ったら、落ちている真横にその穴が通った。その穴の中には人が映っていた。そう、人、だった。けれど、見えた物が頭に焼き付いてしまった。 黒い服を着た人達が、赤く染まった人の山の上に立っている、恐怖を感じる光景。一瞬しか見えなかったけれど、一瞬でも見たくもないような光景だった。 変な空間に入って、何故か落ちている。今現在のこの状況が怖いのに、それ以上にその一瞬の物の方が恐ろしさが勝った。 他の三人は、どうやらその穴には気付いてないようで未だにと騒いでいる。 ……もしかして、ここでも穴みたいなのが見えるのはあたしだけなのかもしれない……! 落ちている浮遊感とさっきみた光景への恐怖が混ざり合ってあたしも気分が悪くなってきた。 「あ、椿も吐きそう?」 「まじかよ流石にやめろよ!?」 やめろよ、と言われてこの気分の悪さが収まったら苦労しない。精神的につらいのをどうしたらいいのか……!! くらくらする視界の中で、落下先に何か見えてきた。周りと同じような穴……というより、一際大きい光、だ。それがあることを三人に告げようとするけど、喋ったら色々と危険だ。本当、色々と。見えてないだろうけど、何かあるということを伝えようと必死に片方の腕を伸ばしてその光を指差す。 全員の視線がそこに集中したけど、やっぱり見えてないみたいで七瀬から「何?」という言葉が返ってきた。 何かはあたしも分からない。どうやって伝えよう。気持ち悪い中で必死に思考を巡らせていたら、もう光は間近だった。 「――――!」 せりの背中がその光に触れた瞬間、ここに入った時と同じようにどぷっという音が鳴った。 その音でやっと何があるか気がついた三人。でも、分かったところで何も出来るわけもなくあたし達はその光に飲み込まれていった。 「――゛あっ」 「え、ちょ、有紀!?」 あたしの身体全部が飲み込まれる瞬間、服を掴んでいた有紀の感覚が離れていく。咄嗟に手を伸ばしてみたけど、その手は空を切って何も掴むことが出来なかった―――…。 光を抜けたら、青と白の世界だった。 ………と、いうか、空中だった! 「えっ、おちっ、」 「いやあああ!!無理無理無理無理!!せり高いとこやだむりぃ!!」 地面というものが僅かに見えるようになって、恐怖が増す。 さっきまでは非常識的過ぎて逆に冷静になっていたせりだけれど、現在自分達が置かれている状況がはっきりした瞬間パニックを引き起こした。 ここで落ち着いて!なんて言える度胸もあたしにはない。まずあたしだってよく分からないし発狂したい!! 「有紀、七瀬……っ!?」 返事はない。振り返って見ても二人の姿はいない。さぁと自分の顔が青ざめるのが分かった。 こんなの一体どうしたら。 地面は着々と近づいていってるし、それをそしする術なんて分からない。 ――死ぬ。その一言が脳裏を走った。 「―――…」 「う、そっ、せり!?」 ずっと騒いでいたせりがふっと目を閉じて全身の力を抜けた。もしかしなくても気絶した!? さっきまであたしを必死に掴んでいたその手も、離れてしまう。 あたし一人の力で一緒に落ちているせりの身体を掴み続けることは出来なくて、あっけなく手は空中を掴むことになった。 必死に手を伸ばす。けど、空気の抵抗でどんどんせりの身体は離れていく。 「――いやだ!せり!!」 叫んでも何もならない絶望と、自分には何も出来ない悔しさだけが押し寄せてくる。 ―――その時、ばさり、と大きく羽ばたいた音がした。 「………えっ?」 まるでファンタジーの世界にでてくる、西洋のドラゴンのような翼を持った――男の子。 その人は、落下していたせりを片腕で抱きかかえ…必死の表情であたしに手を伸ばしてきた。 その手に縋る思いであたしも手を伸ばした。 「――あっ…」 その手は、せりを掴めなかった時と同じように空のみを掴み、あっけなく翼が生えた人を通り過ぎて行った。 「っ!!……っ!」 頭上から何か叫ぶような声が聞こえてきた。聞きなれない、聞いたことの無い言葉。ただ、必死に叫んだのだけが分かった。 ――ああ、せっかく助けてもらえそうだったのに、もう地面に叩きつけられて死んでしまうんだあたし……。 せりはなんとか助かったけど、有紀と七瀬はどうしたのかな……二人も助かっていたらいいけど。あぁ、兄ちゃんやお父さんとお母さんはあたしが死んでしまったこと知らないままになるのかな。行方不明ってなって、ずっと知らないままに……そんなの嫌だって思っても、もうどうしようもないのかな……。 走馬灯のように色々なことを思い出して、考えて、ぎゅっと目をつぶる。 叩きつけられたりする衝撃がどんなものか、想像したくもない。 ――けど、いつまでたってもその衝撃はやってこない。 「……あ、あれ……?」 急降下を感じていた身体は、さっきまでのが嘘のようにふわり、ふわりとゆっくり揺られて下に降りて行く。柔らからかくて、暖かい風が身体を撫でた。ふわっ、と大きく揺れたのが空中にいる最後の感覚だった。 誰かの手が優しくあたしの体を受け止めて、抱きかかえた。 おそるおそる、ゆっくりと目を開ける。 「…――……?」 風に揺られる赤い髪。心配気に真っ直ぐとこっちを見るのは、金色の瞳。 聞こえた言葉は、聞きなれない言葉。でも、そんなことよりも、彼を見て混乱する頭で思い浮かんだのは……。 まるで、ゲームの勇者みたい、だ。
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