世界終了
act01勇者一行 03 食事

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「へえ、せり達あの二人に助けられたんだ~」 日が傾いてきて、広い草原の上に長く長く影が伸びる。太陽と反対側を見れば、もう既にうっすらと星が瞬いている。 そんな世界の中、先ほどやっと目が覚めたせりにあたしは今理解出来る範囲のことを説明していた。せりの言葉に、「そうだよ」と言って頷く。 今あたし達は、草原の中にぽつんと生えていた木の下に座っている。木の幹を挟んで、リトとヨークはなにやらわいわいと話ながら鍋を出したりしているところを見ると、夕飯の準備をしているのかな。ちなみにせりが目を覚ましたのは本当についさっきで、二人は作業に夢中でそのことに気付いていない。 せりはというと、落ちていたときはあんなにパニックになっていたのに、今はそんなこと無かったようにいつも通りの表情だ。 「ね、あの二人の名前なんだっけ?」 「え?リトとヨークだけど…」 「どっちがどっちー?」 せりに聞かれて、赤い髪の人がリトで緑の髪の人がヨーク。と説明した。 説明する時に彼らを指さしていたら、リトが手をかざしたところから突然赤い円がの様な光が現れて、ぼぅっと火が出てきた。……火が出てきた!? その行動にあたしはぎょっとしたけど、せりはおお~。とゆるく感嘆の声を上げた。軽い!! まあ、その、歩いていた時に気がついたけどリトは剣を背負ってるし、そもそもヨーク羽生えたし、どうみてもファンタジーだし。魔法のようなものぐらいあるとは思ったけど、実際目の前で見るとなんだか、言葉に言い表せない何かを感じる。 「ね、ね、それどうやったの?」 「ちょ、せり!?」 せりの目は好奇心でらんらんと輝いていた。好奇心の塊か! 言葉は通じないって言ったのに、そんなこと全く気にせずリトとヨークの方に向かい次々と質問を投げかけるせり。 ああ、もう、二人がきょとんとした表情してる!! 慌ててあたしもリト達の方に行くと、「つばき」とリトに手招きされた。従うままリトの側に行くと、せりの方を指さし何かを言った。何となく、だけど「あの子の名前は?」と聞いている気がする。 「えっと、せ り 」 「はーい、せりちゃんでーす。よろしく~」 いつもと同じ表情で、へらり、とした笑顔にひらひらと手を振る動作。声はなんとも気が抜ける緊張感のなさ。 さっき目を覚ましたばっかりなのに、なんで本当こんな落ち着いてるのせり!確かにあたしも割と落ち着いてたけどさ!!ここまで気楽な感じなのは凄いよ! しかしそんな気楽な言葉は、リトとヨークには不親切だった。なんて言ったって言葉が通じないんだ。あたしが一度言ったぐらいじゃ聞き取れないだろうし、せりの言い方だとどこが名前なのかきっと分からない。 「言葉通じないんだから、ちゃんと名前区切って言わないと聞き取れないよせり!」 「えー、何それ。ファンタジーなのにあるあるで言葉共通とかじゃないのー?」 「漫画じゃないからねこれ!」 どれだけ楽観的なんだこの子!全くもう…とため息をついていると、リトはあたしを見ながら柔らかく笑っていた。 なんでそんな表情をするんだろう。ときょとんとしていたら、リトは優しく子供をあやすように頭を撫でてぽんぽんと叩いた。 あ、そっか。 この一日、せりも目を覚まさないし、何度もヨークに背負われてるせりの方を見てた。その間、ずっと不安な気持ちで胸が押しつぶされそうだった。 それに、なんとなく意思疎通が出来ても、二人とは言葉が通じないから、話す事も出来ない。 そのあたしが、彼の前でこんなに沢山喋ったり、溜息を付くほど余裕が出来たりしたのは今が初めてなんだ。 たった数時間しか一緒にいないけど、きっと、凄く心配してくれてたんだろう。今のは、きっと、よかったなとか、そういう意味で撫でてくれたんだ。 まだ会って少ししか経ってないのに、何故だろう。彼の行動は凄く心を落ち着かせる。こんな知らない世界で、言葉が通じない人なのに、昔から知っている大切な人のよう。 思わず頬が緩んで、「ありがとう」と自然に言った。 本当に言葉は伝わっていないはずなのに、リトが「どういたしまして」と笑いながら言ったのが分かった。 本当、なんでこんなに分かるのか不思議。耳に入る音は全く聞いたことがないのに。 「椿ー。ヨークが作ったこのシチュー?みたいなの美味しいよ~!」 「わっ!」 突然つい、と目の前にお皿が出てきてびっくりする。 せりは口にスプーンをくわえて、あたしにクリームシチューの様な物が入ったお皿を渡す。あたしが受け取ったら空のお皿を持って「ヨークおかわりー!」と言っていた。 そんな風に言って分かるのかな……、と思っていたら、ヨークはせりが出したお皿を受け取りよそっていた。中身がたっぷり入ったお皿をせりに返す時、ヨークは「せり」と呼びかけた。 どうやらあたしがリトに頭を撫でられている間にせりはヨークにだけ自己紹介していたようだ…あれ!?なんでこんなにわかるのかとか思ってたけどこれ案外言葉なくてもいいものなの!? もぐもぐと食べ続けるせりを眺めていたら、ヨークからスプーンを渡されシチューと思われる物を口に入れる。味はあたしが知っているクリームシチューとは違って、食べたことない味がした、けど。 「美味しいっ」 「ね、美味しいよね~」 二人で美味しい美味しいといいながら食べていたら、なんだかヨークが少し照れていた様に見えた。 * * * 鍋の中身は空となり、もう太陽も全く見えない。パチパチとたき火の小気味よい音が静かに耳に入ってくる。 空を見上げたら、見たことないぐらい大量の星が輝いていた。星座とか、そんなに詳しくないあたしだけど、いつも見ている空とは全く違うことぐらいは分かる。 風が吹くと、ひんやりとしたその空気に思わず身震いした。くるまっていた布を口元まで持って行く。 どうやら、今日は夕食を食べたところでそのまま野宿するらしい。 日本という平和な国で住んでいたあたしとせりは、野宿なんてしたことがない。 テントを張って寝た事は、昔家族でキャンプをしたときに一度だけあった。 けれど、こんな本当の「野宿」なんてファンタジーのゲームや漫画の世界だけのもので、実際体験するなんて思ってもいなかった。 ……実際体験するなんて思っていなかったことばかりだけど、今日は。 外で寝るなんて!とせりが騒ぐのかなと思っていたけれど、驚くことに今はヨークの横で熟睡している。目が覚めてからほんの数十分しか経っていないのに、すぐに寝てしまったところをみると、いつも通りな雰囲気を振る舞っていただけでやっぱり気を張っていたんだろうな。 だって、有紀と七瀬について何も聞いてこなかった。きっと、彼女たちがいないということから目を反らしたいんだろう。もしかしたら、と考え出すと不安しか募ってこない。せりはそういうのをあまり好まないし。 ――ああ、でも、本当に、目を反らしていいのかな。 あの二人も、きっとあたし達みたいに誰かに助けて貰っているだろう。きっと、いつか、きっと会えるだろう。 確証のない事。それをずっと考えていないと、何かに押しつぶされてしまいそう。でも、あたし達は、家に帰れるのかな。あの黒い空間は、なんであたし達を飲み込んでこんな世界に放り出したんだろう。兄ちゃんもお母さんもお父さんも、せりや有紀や七瀬の家族の人も、きっと心配している。行方不明なんて騒動になっているんだろうか。四人そろって突然いなくなるなんて、神隠しみたいだ。そんなこより、とにかく早く、早く帰りたい。でも、こんなの、帰れるのか分からない。もしかしたら、一生このまま、言葉の分からない人達の世界で、ずっと 「……つばき…?」 ぐるぐると回る思考の中で、名前を呼ばれた。 まだ聞き慣れない声、見慣れない人、なのに、どうして、彼は、こんなにも、光みたいだと思うんだろう。 「…大丈夫、ありがとう。リト…」 リトの声で安心したのか、睡魔が一気に襲ってきた。 頭を優しく撫でられると、そこから暖かい気持ちの様なものがあたしの中に流れ込んで、不安をゆっくりと取り除いていった。 見知らぬ世界、見知らぬ人。そんな中、あたしの不思議な一日は幕を閉じた。 そして、一生忘れることのない物語が幕を開ける。

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