夜が明けて、朝が来た。何か不安な夢でも見るのかな、と思っていたのにそんなことはなく、どうやら疲れで熟睡していたみたい。我ながら中々にタフで少し苦笑が漏れる。 身体を起こすと、食欲を刺激する香りが漂ってくる。それの元を探してきょろきょろと辺りを見渡すと、昨日と同じ場所でせり達が朝ご飯を食べていた。 あたしが目を覚ましたことに気付いたリトは「早く一緒に食べよう」というように手招きしてきた。誘われるまま向かい、自然とリトの横に座ってヨークに朝ご飯をよそってもらた。 * * * 朝ご飯を食べ終えるとリトとヨークの手慣れた片付けをして、一晩を過ごした木を後にした。 草原を歩く間、リトはずっとあたしの手を握って引いてくれていた。こんな何もない草原で迷子になるようなことはないと思うんだけど、何かを心配してずっと握ってくれている。せりも同じようにヨークが傍にいてくれていた。 ただ、今は二人と少し距離をあけてせりと待機していた。 「二人は何してるのかなぁ」 「うーん…」 危ないから、と言うようにジェスチャーされたので草原で座って待っている。ちなみにせりはヨークから貰ったのか奪ったのか、ぎりぎり一人座れる大きさの布を敷いてそこに座っている。そうずるい。いやいや、そんなことよりも。 話し合ってる二人の前にあるのは、黒い空間だ。どうやらこの世界にもあの黒い空間が存在しているみたい。歩いている途中に黒い空間を発見した途端、二人は顔色を変えてその周りを調べだした。あれが危険なのはあたし達二人は重々承知している。だからリトの「ここで待っていてくれ」という訴えにすぐ頷いた。 あたし達がここに来た原因……を、探している風じゃない。もしかしてリト達は元々あれを調べるために旅をしているのかな。 うーん、と二人で唸っても答えがでるわけじゃない。分からないことをぐだぐだ悩んだって仕方がない。 「ここで待っててもあれだし何か出来ることを先に探そう、せり!」 「えぇ~、せりたちが何かしなくても何とかなると思うんだけどなぁ」 「そういわずに!」 すっくと立ち上がってみる。まだ裸足で、地面にある小石とかがちょっと痛いけど我慢しよう。頬を膨らませてだだをこねるせりの腕を引っ張る。 ご飯の素材になるものが何かあるかもしれないし!と訴えるも動く気はなさそうなせり。 その時、ふっ、と視界が少し暗くなる。突然太陽に影が落ちたみたいだった。 途端に文句を言っていたせりが口を開けたまま何もいわなくなった。せり?と声を掛けても、反応はない。固まっている。 なんだろう、と思ってあたしはせりが見ている方向……あたし達の横斜め上の方向を見た。 大きな人がそこにいた。 これを巨人というのかな。でも人と言うには、目が足りない。顔の半分に大きな目が一つ。髪もない。その代わりに、動物にあるような角。巨大な手には、それ相応の大きさをしている棍棒。肌は、気味が悪いほど真っ赤。 見たことない……とは、言わない。画面の中で、二次元の中で、何度も見たことがある。そう、ファンタジーの世界でよく描写されているのは、見たことがある。 それが、目の前に、本物として、いる。 ぶおん、と風を切る音が聞こえた。その音で、意識が現実に引き戻される。目に映った風景は、一つ目の巨人が棍棒を振りかざしている姿。横にいるせりの名前を叫んで逃げようとした。……した、だけで、あたしの声も、足も、何も、力が入らなかった。 「―――!」 鈍い嫌な音が、響く。それは、あたしから鳴った物じゃない。隣にいた、せりの体から。 真横にいたはずの彼女は、声にならない声を出して、あたしの視界の外へ行ってしまった。 ほんの少し遠くの方で、どさり、と落ちる音。そして、目の前で再び風を切る音。さっきのせりの光景が、脳裏をよぎる。 「ひ…っ!」 咄嗟に、無我夢中で、その棒を避けた。当たらなかったのが奇跡だった。もう一度、と巨人がゆっくり振りかざすのが見えて、慌ててその場から走り出した。 向かったのは、せりが飛ばされた方向。 「せ、せり…!!」 ぐったりと地面に倒れ込むせり。口からは血が流れていて、目も虚ろ。友達のこんな姿を見るなんて、誰が、いつ、想像した。 カタカタと震える手で、せりに触れる。虚ろな目でせりは、あたしを見てぽろぽろと泣き出した。 「つ、ばき……やだ……死ぬの、かな…。なん、で、だって…わた、し、こんな、こと、…なる、ような、…なんと、なく生きて…それで、ふつ、うに……とし、とって……」 「や、やだせり!死んじゃやだ!!」 段々とせりの声が小さくなっていく。人の死に直面したことないあたしでも、せりが危ないというのは分かる。ぎゅっと力がなく血に濡れた手を握る。でも、それをして、せりが助かる訳じゃない。 後ろからは、ゆっくりとあの巨人が近づいている音がする。 どうしよう。何が出来る。あたしに、一体何が。逃げたい。やだ、嫌だ。死にたくない。でも、せりを置いていけない。逃げたい。どうしよう。死ぬ。あたしも、死んじゃうの。何で、どうして。あたしは一体。何。どうしたら。 ぐるぐるぐるぐる。思考が回る。昨夜の物なんて比にならないぐらい、自分の様々な考えが混ざり合う。 自分に、力なんてない。あんなの、無理。死ぬ。あたしは、そんな。怖い。だって。怖いよ。何であたしが。でも、何を。そうだ。あたしは、何をしようとしてたんだっけ。 そう、あたしは、自分に、出来る、ことを、探そう……と――― ぱちん、と何かがはじけた気がした。 「つ、ばき……?」 後ろからせりの声が聞こえる。 あたしは、一体、何をしているんだろう。 震えが止まらない足。あふれ出る涙。怖い。怖いよ。だって、目の前には、一瞬で自分を殺せてしまうような怪物が立っている。 のに、なんで、あたしは、立ち向かい、両手を広げているんだろう。 何で、なんて、そんな質問、おかしい。今、これが、あたしに出来ることなんだ。 「せり、あたしが、守るから……!!」 見知らぬ世界で、見知らぬ人達の中で、唯一の友人。彼女を失っちゃいけない。絶対に、いけないんだ。あたし達は、家に帰らなきゃ。だから、守らなきゃ。せりを、あたしの、大切な友達を。 巨人が、また大きく棍棒を振りかざした。 ――ああ、なんて馬鹿なことをしたんだろう。攻撃する事なんて出来ないのに、あたしは、こんな、強がって。 大きく振り下ろされるそれに、あたしはぎゅっと目をつぶった。 どんっ、と音が鳴る。 痛みは、ない。 「つばき!!」 男の人の、声。目の前には、炎に包まれている巨人。 ――助かった……?助けられた?本当?幻じゃなくて? 炎に悶え苦しむ巨人。それを横目に、リトとヨークがあたし達の元へ駆け寄ってくれた。 このまま、きっと、彼があの巨人を倒してくれる。そんな確信が持てた。これで安心。…安心、の、はず、なのに、この胸の引っかかりは、何。 ヨークがせりを抱え、呼びかける。か細い声だけど、それに反応するようにせりはヨークの名前を呼んだ。リトは、もう大丈夫、というようにあたしに微笑みかけた。それに対して、あたしは、あたしは――… 「――リト…っ!」 このままじゃ嫌だと、何が嫌なのかあたしでも分からない。でも、それを訴えるようにリトの目をみた。 驚いた顔をするリト。だけどその表情は一瞬で、彼は何かを悟ったような顔をしてからふわり、と優しい笑みを向けてくれた。 そして、剣を抜き、それを突然地面に突き刺した。 『―――!』 リトは何かを叫んだ。今まで、言葉は分からなくても何を言っているのかは何故か伝わった。でも、今のは違う。会話の言葉じゃない。何か、もっと力を持った物だ。 リトの声に呼応するように、突然大地に光の円が描かれる。その中心にいるのは、リトじゃない。あたしだ。何が起ったのか理解出来なかった。 ただ、分かったのは……その光が、あたしの中に取り込まれていくこと。 あまりの眩しさに、目を強く瞑る。光が体に入っていく度、どんどん体が熱くなっていく。 そして、ぱぁんとまた何かがはじけ飛んだような音があたしの中で聞こえた。 「え……?」 はじけ飛ぶ音と共に、目を開いたら、目の前にはあたしの身の丈と同じぐらいの大剣が、光を纏いながら浮かんでいた。 これは何なのか、リトが一体何をしたのか、わからない。だけど、あたしの体は自然と、自分の意思とは関係なく、動いた。 その日、あたしは初めて「武器」というものを手にした。
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