街に入り、七瀬について行きたどり着いたのは……大きな、お屋敷。これまた絵に描いたような、ファンタジーテーマのゲームとかでよく見かける、ヨーロッパ風の屋敷だった。 平成の日本で生まれ育った私には見たこともない大きさの屋敷に固まっていたら、七瀬がノックもせずに扉を開けた。「勝手に開けて大丈夫なの!?」と叫びたいところだけど、その前に屋敷の中から大声が飛んできた。 「有紀!七瀬!!勝手に屋敷から出ないでってあれほど――…リト……?」 「アリア!ただいまー!」 「お、おかえり…」 大声の主は、リトと同い年ぐらいの女の子。赤色から淡いピンクという綺麗なグラデーションになっている長い髪に、リトと同じ金色の瞳。その瞳は、リトを捉えて驚きを隠せていない。 アリアと呼ばれた女の子の視線がちらり、とあたしとせりに向く。そして、そっか……、と何か納得したように呟いた。 「やっぱり、リトとヨークが……」 「オレ達がどうしたのアリア?…あ、こっちの女の子二人は…」 「大丈夫よヨーク、有紀から聞いてるから。それよりも四人とも旅で疲れてるだろうし、少し休んだ方がいいわ。リト、二人を応接室に案内してね!私はもう少しで魔王が持ってた書物の解読が大方終わるからそれから詳しい話をしましょ。有紀と七瀬はアロウ達の方に行ってね!二人とも心配してたんだから!」 こっちが言葉を挟んだり、何か考える間も無く一気に喋ってアリアさんは早歩きで屋敷の奥に消えて行った。 な、なんだか凄い人だな……!と、いうか聞き間違いでなければ魔王って単語があった気がするんだけど……。次から次へと、色んなことが一気に起こるから頭が追いつかない。呆然としていたら、「じゃあちょっと行ってくるー!!」という有紀の声に、はっと現実に戻ることができた。でも現実に戻ったところでどうしたらいいのわからない。部屋の扉を平然と開けて、どこかに行ってしまう有紀達に声を掛けることも出来ず、伸ばした手もどこを掴んだらいいのか分からず行き場を無くす。 その手を、横から伸びて来た手がぎゅっと握った。その手が握って来る感覚は、もう随分慣れたものだった。 「椿、こっち!」 リトがにこりと、この二日間いつも見せてくれた笑顔で手を引いてくれる。それだけで、不思議と不安が募っていた気分は晴れていった。 綺麗な応接室に、ふかふかのソファ。あたしとせりは横並びで二人がけのソファに座って、ヨークが入れてくれた不思議な味のするお茶を頂く。テーブルを挟んで一人掛けのソファ二つ、そこにリトとヨークも座った。 「よっし、じゃあ改めて自己紹介からするか!よくわかんねぇけど、言葉通じるしな!!」 「いいけどさ……君はこういう変化をもっと疑問に感じなよ…」 少し慣れた様子でため息をつくヨーク。その意見にはものすごく同意だ。なんでせりもリトも特に疑問に思わないんだろう。 あ、この会話から考えると、もしかしてリトって天然なのかなぁ……。そういう雰囲気は確かに旅の途中で見かけた気もしなくもない……かも。 リトの性格について悩んでいたら、ヨークがふぅ、ともう一度息を吐いて、透き通っている金色の瞳であたし達を真っ直ぐ見た。 「じゃあ改めまして。オレの名前はヨーク。種族は人間じゃなくて、ドラゴンとのハーフだよ」 「ドラゴン!?ハーフ!?!?」 羽生えたり飛んだりしてたけど当にそういう人だったのか……! あたしの反応が、彼らの想像以上に驚いていたのか、二人とも突然吹き出して「ドラゴンは確かに珍しいけど、ハーフは結構いるでしょ」と笑って来た。 珍しいどころか初めて見ます……!! じぃっとヨークを見てしまっていたみたいで、ヨークが少し顔を赤らめて「珍しいからってそこまで見ないでよ」と照れられた。そこからリト、あたし、せりと同じように軽く名乗るけれど、今更「自己紹介」することが何か変な気分だった。 不思議な感覚のする自己紹介を終えた後、少し間を開けてヨークが唸った。 「そうだな……お互い聞きたい事とか疑問は山のようにあるから、一先ず一人一つずつ聞きたいことを言おう。それで結論を全部応えてから、詳しい説明をするみたいな感じでどう?」 「な……るほど?」 せりが小さく「学級会を取り仕切る人みたい」ってぼそりと呟いた。言いたいことは少し分かるけどちょっと面白いからやめてほしい。ヨークの案に反対意見はなく、ヨーク、あたし、せり、リトの順番で聞きたいことを言うことになった。 「じゃあオレから……二人が覚えている範囲でいいからどうやって空に放り出されたのか教えて欲しい。次は椿ね」 「あ、すぐ回る感じなんだね!?ええっと………リトがあたしにかけた…魔法?みたいなの……あの剣のこととかを教えて欲しいな…」 「はいはーい!せりはなんで死ななかったの?」 元気で直球過ぎるせりの言葉に思わず咳き込んだ。いや、聞きたいけど!わかるけど!!もうちょっとこう……あるんじゃない!?言い方が! ヨークもあたしと同じだったのかめちゃくちゃ咳き込んで噎せている。あたしの横に座っているせりが「あちゃー」といいながら前屈みになってヨークの背中をさすっている。あちゃーではなく!! 「で、次はリトじゃない?」 「げほ……そうなんだけど……オレ君ほどマイペースな人間初めて……」 「あはは!せりは話せる前から面白いなと思ってたけど、喋れるようになったら本当に面白いな!」 「ええ…面白いですむんだこれ……」 マイペースな二人に背中をさすられるヨーク。とっても苦労するタイプの人だ……頑張ってほしい……。せりだけでなく有紀のターゲットにならないことを祈るしかできない……。 ヨークが少し落ち着いたところで、リトがうーんと悩み始めた。彼が聞きたいことはなんだろうと、気になってそわそわしてしまう。数秒悩んだ末、あ!と思いついた顔をした。 「椿は今日の晩飯何が食いたい?」 「はいはいリトの話は置いといて取り敢えず結論から応えてね!オレから言うね!」 ぱんぱん!と手を叩いてリトを無視するヨークは確かに学級会を仕切る人みたいだった。 そんな笑顔で今聞くこと!?ってあたしもなったけど!正直何聞かれるかすごい気になってたからめちゃくちゃ転けそうにもなったけど! でもこれがヨークがあたしで、リトが有紀かせりだったら似たような流し方してたかもしれないな、とも思うから流したい気持ちは分かる。 「まずはせりが死ななかった理由だけど、オレ……というか、ハーフドラゴンの血を飲んでその効果のお陰で回復力が一気に高まったからだと思う」 「はえ~…」 ヨークの応えに納得したのかどうかは分からない、少し気の抜けた声をだすせり。そのせりの様子を、ヨークは少し心配そうな……何かつらい決断をしたかのような顔をしていた。 詳しいことは後で言うから、とヨークが少しだけ苦笑を浮かべた。 というか、血が回復するためのものに使われるなんて本当にファンタジーの世界なんだな…と改めて関心してしまう。 「じゃあ次せりが言うね。覚えてる範囲っていうか、椿の部屋に出来た黒い変なのにみんなして身体つっこんじゃって真っ暗な空間を落ちてたらいつの間にか空だったって感じだよね~」 「まあ…それ以外説明出来ないかなぁ……」 黒い空間を落ちていた時の事を思い出す。 せりは真っ暗と言っていたから、やっぱりあの時あの場所で色々光とか、光の中にあった光景とかはあたしにしか見えてなかったんだな、と確信した。 「え……奴隷商人から逃げてきて転移魔法を偶然踏んだとか、秘境の地から追い出された……とかそういうややこしいのじゃなくて!?」 「ほら、だから言っただろヨーク。この二人そういう感じじゃないって」 「だって言葉も聞いたことなかったし魔法も知らないみたいだったから……。いやそうなると逆にあの黒いのに巻き込まれたっていうリトの意見が普通……普通なの……?」 頭を抱えながら唸るヨーク。それより、何やら彼の中でとんでもない予想をされていたらしい。覚えてる範囲で、と言ったのはそういう何かつらい経緯があったりした場合を配慮したのかなぁとちょっと考えてしまう。というか、奴隷とかいるんだこの世界……。 「黒いあれにつっこんだって話も詳しく聞きたいけどそれはとりあえず置いといて…あとはリト、君が椿の質問に応えて」 「え?次椿だろ?晩飯なに食いたいか俺聞いたぜ?」 「………椿、何食べたい?作れるものならオレが作ってあげるから」 純粋な目を向けながらあたしに聞いてくるリトと、はぁ~~~~………と、とっっっても大きな溜息をつきながらいうヨークに苦笑しかでない。 きっと言わないとリトがあたしの質問に応えるつもりはないんだろう。意地悪とかそういうのじゃくて……ただ、純粋にご飯何食べたいか言って欲しいだけらしい。 食べたいものを脳内で頑張って検索を掛ける。そこにふ、と浮かび上がった食べ物があった。 「……お味噌汁…」 「え?」 リトが聞き返した声に、口に出してしまっていたことに気付いてはっとした。 それ晩ご飯にいうべきものじゃないとか、そういうのもあるけどまずこの世界に存在するか分からないのを言うのはちょっと困らせてしまうかもしれない……! 「いや、今のは…!」 「オミソシル……ってあれだよね、ソウマの故郷のスープじゃない?」 「ああ~!あれな!あの茶色いやつ!」 あるんかい! 口に出してつっこみそうになったけど頑張って声には出さなかった。焦って損をしたような気にもなってしまった。リトが笑顔で「あとでソウマに材料とか聞いて作って貰おうな!」とあたしの頭を撫でながら云うから、本当になんとも言えない気分になってきた。恥ずかしいような申し訳ないような……! 「じゃあ、次は俺だな。椿が手にした剣のことだったな」 リトがあたしの頭を撫でるのを止めて、そういった声は今までと何か違う雰囲気を纏っていた。あたしの方をじっと見つめてくる黄金の瞳を、あたしも見返した。 リトは少しだけ目を伏せて、再び瞳をあたしの方に向けた。真っ直ぐに、真剣に……絶対に逸らしてはいけないと感じる視線だった。 「あれは俺が、俺自身の中に封じた力――魔王の力だ」 ――予想外すぎて、絶句した。
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