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高1の12月31日。私は瑞羽ちゃんと初詣にいく約束をしており、その前段階として、私達二人は小園井家のこたつに集っていた。 瑞羽ちゃんに初詣に誘われた時は安請け負いした私だが、外の寒さはあまりに厳しく、人集りの苦手な私は初詣の約束を反故にすべく、瑞羽ちゃんにアクションを仕掛けていた。 「ねえ。ミルチャ・エリアーデって知ってる?」 「知らないけど、なにそれ。化粧品ブランド?」 「いや、宗教学の祖と呼ばれる人物なんだけど」 「そんなの知ってるのオソノイだけだって。一瞬でも知っていると思われたのが心外なんだけど」 「そこまで!?結構有名な人だってほんとに」 「う~ん。それで?」瑞羽ちゃんはしっくり来ていないようだ。 「それでね。ミルチャ・エリアーデは人間は全て宗教的であると主張したんだけど。その理由の一つが正月を祝うからなんだよね」 「何その人?斬新な主張でツイッターでバズったタイプ?」 「いや、学会でバズったんだけど」 「ふーん、フォローしとこっかな」 故人だけど、インスタやってるのかな?ミルチャ・エリアーデ。 「いや、フォローはしなくていいんだけどさ。そんなことより、主張に注目して」 「私達が初詣するから宗教的だってこと?」 「まあ、それもあるんだけどさ。そうじゃなくって、人間が勝手に設定した暦を1月1日という切りのいい数字だというだけで喜び勇んでいるのが宗教的だって主張したの」 瑞羽ちゃんはちょっと黙りこくった。彼女は勤勉ではないだけで、ちょっと教えてあげたらちゃんと理解してくれる。 「別に喜び勇んではないと思うけど…。でもさ、それを言い出したら、この世に存在する祭りとか行事ごとって全部宗教的だってことにならない?」 「それはそう」その通り。それはそう、なんだけども。 「まあ、面白い主張だとは思うけど。それで?」 だが、この話はここからもっと面白くなる。 「でもさ、私達って徐々に宗教的じゃなくなっているんじゃないかとも考えられるんだよね。実は、文明の揺り籠と呼ばれる古代メソポタミアの新年祭って14日間もの間行われたんだって。つまり、私達は徐々に新年を祝わなくなってきてるの」 「14日もやったら飽きるからじゃない?」 「いや、理由は分かんないけど。そこは工夫次第なんじゃない?」 「…おせち、紅白、あと何を足せばいいんだろう」 「…。当時の人は、王様を神官がぶん殴って泣かすイベントがあったんだって」 「今でいうと、総理大臣をぶん殴るイベントってこと?それは最高のアイデアだね」 「それは…めっちゃ見てみたい、めっちゃ見てみたいけどそうじゃなくって。人間の正月は文明の発達につれ段々短くなっているってことが重要なんだってさ」 ようやく話は本題に入った。 「つまりね、私達は周囲より一歩先に行くために、今年は正月を祝わないという選択肢もありだと思うんだけど」 「…つまり今日のこの集いはただのお家デートってこと?」 「…ただの遊びだってこと」 「…別に祝えばよくない?」 「…別に祝っていいんだけど」 瑞羽ちゃんはきょとんとしている。 私が黙っていると、瑞羽ちゃんは何かを悟ってくれたようだ。 「…初詣行きたくないってこと?」 「そう。そうなんだけど、別に瑞羽ちゃんとが嫌とかじゃなくって」 「分かってるってば。めんどいんでしょ?」 「ほら。今こたつに入ってるじゃん?これは頭寒足熱って言ってとても健康にいいんだよね」 昔の伝承だけど。 「いや、いいよ。私も。初詣そんな大事ってわけじゃないから、いいよ。家にいよっか」瑞羽ちゃんは微笑んでいった。 「ほんとに?実は初詣ずっと楽しみにしてたとかじゃない?」 「オソノイは気を使いすぎなんだって。初詣ってさ、詣でることが大事なんだから、あったかくなってから行こ。4月頃とか」 「何その提案。珍しっ」 「え、でもさ。結局別に宗教的理由で新年を祝いたくないとかじゃないんだよね?」 「そっちもそれはそれで気を使いすぎ」私も笑った。 「じゃあさ、初詣行かなくなった分お家でできる祝い方しようよ!」瑞羽ちゃんは盛り上げるように声を上げた。 「…なるべくこたつからは出ない方向でね」 「それはめんどくさがりすぎ!」叱られてしまった。 「で、結局何すんの?」 「乾杯して、年越しのタイミングでジャンプ?」 「瑞羽ちゃんって、すごく妥当なこというよね」 「でしょ?私とりあえず場を及第点に持っていくのは得意だから」 「じゃあ、何飲む?」 「アイスミルクとシロップ!」 「あいあーい」 瑞羽ちゃんはいつもアイスミルクばかり飲むが、本当はシロップがあれば一番いいらしい。 私は一回までいくとお茶とアイスミルクを汲み、二階に戻った。 戻ると瑞羽ちゃんが寝たふりをしていたから、おでこを叩く。 「いった~い」 「ほら、もうあとちょっとで年越しだよ」 「それじゃあ、今年もますますの私とオソノイの仲の発展を願いまして」 「瑞羽ちゃんのテストの点のさらなる発展を願いまして」 「かんぱ~い!!!!」 うん。今年もお茶がうまい。 杯を煽ると「あっ」と瑞羽ちゃんが声を上げた。 「オソノイ!!!年、もう越してるって!!どうしよう!地上にいちゃった」 時計を見ると時刻は0時1分を過ぎていた。 「私ちょっと浮いてたよ」 「ウソつくな!こたつにいたでしょ!」 「瑞羽ちゃんは知らないだろうけど私最近鍛えてるからさ」 「ああそうなんだ。実は私も浮いてたけどね」 二人を沈黙が支配した。私はいたたまれなくなり語りだした。 「一月一日に変わった瞬間が記念的瞬間って人間が勝手に決めたわけじゃん?」 「確かに。ミルチャ・エルナンデスが言ってたもんね」瑞羽ちゃんが乗ってくる。名前は間違えてるけど。 「そうそう。だから私達が勝手に年越しの瞬間を決めても良いわけだ」 「確かに!!!」 「よし、じゃあ0時10分を年越しの瞬間にしよう!」 「え、どうせなら1時まで待ってた方が切りよくない???」 「切りがいいとか関係なくない?」 その後、私達は年越しの瞬間をいつにするかひとしきり揉めた後、0時30分に二人でジャンプしたのだった。

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