溶岩は地獄の亡者のように、あぎとを広げ、涎を垂らし、四人の魔女を襲った。 全員の表情が凍結する。その中で唯一――、ナンドンランドンだけがこの溶岩を利用するすべを思いつき、そして行動に移していた。 華茂と燕は目をつぶって抱き合い、ライラは頭を押さえて地面に伏す。 その3メートル上空を、黄金色に光る流動物がなめくじのように渡っていく。 しかし。ナンドンランドンはもちろんのこと、残りの三人も無傷だ。 「え、っ……」 燕が起き上がり、周囲を見回している。 ナンドンランドンは、鷹揚に笑った。 「さぁ立ちんせえ、遠野華茂! キミを溶岩なんぞで殺しはせん。ここがキミのための棺桶じゃっ!!!!」 その言葉で、華茂とライラも立ち上がる。 ちょうど全員を、切り株の形をした防御空間が包みこんでいた。溶岩はその中にまったく潜りこんでおらず、地面から生えるヤマボクチの群れも、ここだけは無事だった。 「ナンドンランドン秘技――、血塔大船盆!! 行くぞ、華茂ぉぉぉぉぉっっっ!!!!」 「ちょっと、待っ」 聞かない。 ふわり、と跳躍。 一瞬の影をつくり、そこからの横蹴りだ。 そしてナンドンランドンは……不服だった。 じつに不服だった。 「あうっ!」 華茂の側頭部に蹴りが入った――それでも、不満足の色を隠せなかったのである。 今のはある意味チャンスだった。空中にいる敵など格好の的だし、逆にいえば空中からの攻撃は距離をとれば簡単にかわすことができる。実際、パチャラはそうした。 だが、このチビのていたらくはなんだ。 たしかに今、華茂はナンドンランドンの長身とその迫力に驚いていたかもしれない。目も口も大きく開けられていた。それでも、これが……こんな奴が、ほんとうにリリーを……。 ダァン、と華茂の身体が転がる。 「華茂っ!」 叫ぶ燕を、華茂は広げた手のひらで制した。 「大丈夫。燕さん……大丈夫だから」 「そんなこと言ったって、いきなり、なんで」 あくまでナンドンランドンと目を合わせたまま、膝をぐっと伸ばす華茂。 ふん、殊勝な振りを。 早く見せてみろ。リリーを仕留めたというのなら、お前の力はそんなものではないだろう。 華茂が拳を正中線の前で構える。そうそう、そうこなくっちゃ。 と、思っていたら。 「ナンドンさん!」 「……なんじゃ」 「私が悪かった。ナンドンさんはリリーさんの友達だったんだよね? でも、私にも理由があったんだ。だからちゃんと話をさせて。私は、あなたと戦いたくないんだよぅ」 チィッ。 ナンドンランドンは舌打ちをする。まだ、この期に及んでぬるま湯のようなことをぬかすというのか。 それなら、と、ナンドンランドンは五歩前進し華茂の胸ぐらを掴んだ。 「最初に言っておこう。ボクはリリーと連携をとったことはあった。じゃが、奴とは友達でもなんでもない」 華茂の腑抜けた目にわずかな生気が点る。しかしまだ、こいつの身体は紙のように軽い。 「ボクが誇りにしておるのは、この力じゃ。ボクの村じゃあ、花婿も花嫁も力尽くで奪う。それが生き物として当たり前の姿じゃと思っとる。人間も、魔女もじゃ」 「で、でも……ナンドンさんは私たちと一緒に楽しくお茶を飲んでくれたじゃない……」 「それは、ボクがキミたちを格下と思っとったからじゃ。じゃが、リリーを殺したとなれば話は別。ボクは魔女ナンドンランドンとして、魔女遠野華茂に手合わせを所望する」 「リリーさんが、ナンドンさんとなにか関係あるの……?」 「ああ、ある。ボクの見立てでは、奴こそが最強の魔女。いつか倒し、越えるべき存在と考えておった。じゃが……ククク……そいつを倒した奴が目の前にいるんじゃったら、ええ近道じゃあ……そいつを倒せばええんじゃからの!」 腕をぐんと引き、激しくスイングする。 華茂の胸ぐらをパッと離すと、華茂の身体がスローモーで宙を舞った。 「だから、やるんじゃっ!!!!!!」 華茂の身体が重力を受けて下ってくる。 しかし華茂は受け身の体勢すらとろうとしない。だったら、それは、それで。 「後悔という名の言い訳は――、受けつけなしじゃぞ!!」 半身に構え、肩を前面に出しての猛タックル。自分の身体を敵の全身にぶつけ、この血塔大船盆の外側――マグマの海へと放り出してやる! 「す、ストップ!」 ライラがツインテールを揺らして跳躍だ。身体をJの形へと固め、足裏を向けた渾身の跳び蹴り。これがナンドンランドンの肩を撃つも、威力は足らず。ライラは小さな悲鳴とともに地面に衝突する。が、半瞬のタイミングを奪われ、その隙に燕が華茂の前に立ち塞がった。ふむ。まあ、三人同時でも別にいいが。 ライラは片手を地面につき、反動をつけてすばやく起き上がる。 『雲の峰。音色が、りぃん、りぃん。蝉の鳴く音を越していく。どうかまだ、夜を呼ばないでおくれ。今宵、私の街は燃え尽きてしまうのだから』 両腕を不規則にゆらめかせ、魔法の種を練り続けるライラ。 詠唱か。盛り上がってきたなぁ――。 ライラは両手首を内に曲げ……バッ! と逆側に開き、手のひらを見せた。 『Ignition of Wonderlandッッ!!!!』 ライラの手から、二本の焔が立ち上る。 だがただの炎舞ではない。なぜなら二本の焔はともに――、波形をかたどっているのだから。 ぐね、ぐね、うね。 炎の激しい振幅。普通の魔女ではおそらく、この動きを見切ることができないだろう。 「面白い技じゃ! ……が! ボクには利かんっ!」 眼球を左右に離す。左目で左方向の、右目で右方向の炎を同時に捉える。 よし止めてやろう! と思ったその、刹那、 左側の炎と、 右側の炎が、 急遽して コースを変え、 絡まり合うように 溶け合うように 干渉……した!! 『Explodeッ!!!!』 視界が白く輝く。それは、炎が死の光と変わる瞬間。 ナンドンランドンはそれを手で抑えこみにいく。 ライラという魔女……そこそこやるじゃあないか! ――――。 ――――――――。 煙が晴れる。 晴れ上がる。 ナンドンランドンは虎と化した手で、炎の爆発をひねり潰していた。 「えっ」 ぞっとした顔をするライラ。 ふん、ここからが本番だろう! ナンドンランドンが地面を蹴る。つま先で地面をえぐりとった感覚を覚える。ライラの首に手刀一撃。ライラが悲鳴を上げて倒れる。次は燕だ。ぬるい風が頬のすぐそばを流れていく。燕が唇を、ぱく、と開けた。 詠唱か! そのひと文字目は詠ませない! ドッスゥ! 燕の肩に正面から拳を叩きこむと、燕が宙を二回転ほど舞った。そこへ――、 「そぅら、退場じゃあ!!」 体重を乗せた、一撃必殺のショルダータックル。 燕は錐もみ状態になってバリアー空間の果てまで飛んでいく。だが咄嗟に手から氷柱を出し、それを地面に突き立てることで速度を殺そうとした。 が、勢いは完全に死なず。 空間の端で舌をちろつかせる溶岩が、燕の服にかすかに触れた。 たちまち、燕の服が燃え始める。 「や、あああぁぁあぁあぁぁぁぁっっ!!!!」 燕は手でバタバタと服をはたくが、粘性を有した溶岩はとれてくれない。やむなく燕は地面を転がり、なんとか炎をもみ消すことに成功した。 「な、なにしてんだ、あなた! こんなことしてる場合じゃないでしょ!」 ライラが首を押さえながら、叫ぶ。 「早くさっきみたいに溶岩を消しなさいよ! 村が燃えちゃうでしょ!?」 「まだ村には到達せん。それよりキミたちを、ここから逃すわけにはいかん」 「は、はぁ――っ?」 「ええことを教えちゃろう」 ナンドンランドンは手首の柔軟運動をしながら、ライラに告げる。 「いくら、嫌、嫌、と言ってもの。相手がそれを聞いてくれるとは限らんのじゃよ」 「ば、ばかな……あなた、狂ってる……」 「ボクからすれば、キミが狂っておる。さ、いくぞぉ……?」 ライラに向かって大地を踏む。しっかりと、噛むように。 瞳孔を広げ、震えるライラ。いくら怯えようとも、そんなものは通用しない――、 「待てっ!!!!!!」 「ん……?」 振り向く。声の主は、ナンドンランドンの唇よりも遙かに下方。華茂が歯をギリギリギリギリ! と噛みしめて、こちらを睨んでいた。 「なんじゃ、やるか?」 「よくも……ライラさんと……燕さんを傷つけたな!!!!」 華茂の服がふわりと膨らむ。それほどの風は吹いていないはず。ナンドンランドンが目を凝らして見ると、華茂の身体全体から紅いオーラがわき起こっていた。 それは、強者の証。 このオーラ、容易く身につけることはできない。なぜならナンドンランドンは、その紅に、大魔女イア=ティーナの気配を覚えたからである。 「そうか、これか。やっぱりそうじゃったか」 華茂が、前傾し――、 「うああああああっぁああぁぁぁぁ――――――ッッッ!!!!!!」 なんの予備動作もなく突っこんできた!! そうか――。こいつ、イアとも縁のある魔女だったか。 それなら、なんと好都合。 『依然、杳として……ONLY SING』 一撃の下に沈めてやろう!! 全身の筋肉がビクビクと蠕動する!! 『夏の逃げ水ッッッ!!!!』
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