魔女のお茶会
第三章Final(華茂の旅路)

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 華茂かもたちは、浮雲の間を急上昇していた。  目指すは魔女のお茶会の舞台だ。今はアルエに留守を頼んでいる。しかしそのアルエに通信魔法を送ったところ、いっさいの連絡が返ってこないのだ。  もちろん、アルエがまだ通信魔法を使いきれていないということなのかもしれない。とはいえアルエの魔力はここにいる誰よりも強いわけだし、アルエ自身がこの魔法の使用については否定していなかった。華茂の中で、なんともいえない不安が首をもたげてくる。  燕の傷はライラの回復魔法で治したが、ナンドンランドンは意識が戻らないため村人たちに預けてきた。村人たちは快諾してくれたし、ナンドンランドンが人間を傷つける魔女でないのは自明であるため、あの処置で問題はなかっただろう。それに当初の目的である『人間たちがけがれをはらっている状況』を確認できたので、華茂たちの任務は無事完了したといえる。だけど。 「なんで、フローレスさんが絡んでいたんだろうね」  ライラが両手を腰につけ、飛びながら言う。  たしかに、とうなずく華茂。リリー=フローレスといえばハーバルの代表だ。ハーバルは言わずと知れた、人間を駆逐することを目的とする集団。しかしナンドンランドンは人間と連携をとって穢れを祓っているようだった。そこに、リリーがなぜ関係してきていたのか。謎は深まるばかりである。  雲の浮遊地帯が終わり、周囲の空気が闇色に染まり始める。そろそろ宇宙空間に入ってきただろうか。逆風を我慢して正面を向くと、お茶会の開催場所である白く巨大なボードが目に入った。静かだし、特に変わったところはなさそうだ。 「ん……!?」  しかし到着と同時、まず異常に気づいたのはライラだった。  三人の魔女が、テーブル付近でぐったりと倒れている。 「おい……おいっ!!」  すぐに寄り添い、魔女たちの状態を確認するライラ。華茂の全身に、さぶいぼが立つ。 「マイン、大丈夫か!! 幽果ゆうか、メルム! あなたたち、どうしたっていうのよ!?」  三人の魔女に外傷はない。だが全員意識を落とし、話すことはできないようだ。  ライラはすぐに五指を広げ、回復魔法を発動させた。青い光が三人を包みこむ。最初に目を開けたのは、幽果という名の魔女だった。 「あ、わい、あ」 「幽果?」 「うわく、話へない」 「うん……うん。ゆっくりでいい。身体の調子はどうだ? 痛む?」 「いたく、ない。あのひとは、わたひたちの、脳に、魔法を、かけたんら」 「あの人……?」  ライラは魔法をかけながら、片膝をついて幽果に視線を近づける。 「誰か来たのか、ここに」 「りりー」  その答えを聞いた瞬間、華茂は背骨にやいばを通されたような感覚を覚えた。 「リリー!? それって、リリー=フローレスさんなの!?」  華茂も屈伸し、幽果を喰らうがごとくの瞳で訊く。 「そう、ら」 「あの人、生きていたの……?」 「わたひたちは、りりーさんに警告して、それでも無視されたから魔法をかけたんら。でもだめらった。あのひとがばいおりんの弓をふるうだけれ、ぜんぶはじかれちゃった……」  三人がかりでもダメだったのか。  だとすると、その魔力からして、現れたリリーは本物の可能性が高い。 「おい、じゃあ」  ライラが、辺りをきょろきょろと見回す。 「アルエさんは!? アルエさんは交戦しなかったのか!?」  華茂も必死に確認するが、アルエの姿はどこにも見当たらない。ただ、不気味な静けさが鎮座ちんざするのみ。テーブルの上のカップは転げ、割れ、中身は全て蒸発していた。 「幽果、どうしてアルエさんがライラたちに通信魔法を送らなかったか、わかる?」  たしかにそうだ。アルエからの通信があったとしたら、華茂たちはすぐさま魔女のお茶会に引き返しただろう。 「あるえさんは、たぶん、魔法をおくっていたとおもうよ……。だけど通じなかった。りりーさんがばいおりんを弾くと、あるえさんはすごく苦しんでた。わたひたちは動けなくて、あるえさんを助けることができなかったんだ……」  そんな。  アルエの魔法は強力だ。無から有をつくり出し、逆に相手の魔法を虚空の世界に消し去ることができる。あの穢れの渦ですら、魔法でつくられた猫がひと息に吸いこんでしまった。そのアルエの力をもってしても、追い払うことができない相手だったというのか。  しかも、どうやら敵はアルエの通信魔法を停止させている。  こんなの……リリー本人の行動と理解するしかないではないか。  華茂が指で片方の手の指をいじっていると、幽果がまた、途切れ途切れに言った。 「りりーさんは言ってた。嗤いながら、言ってた。アルエさんを、とり戻したければ、でふゅーの港まで来るように、って」  デフューの港。聞いたことがある。それはたしか、リリーが担当している国の主要港だ。ここを起点として世界の産業が行き来している。深夜になっても灯りが落ちることはなく、そこかしこの酒場からは屈強な男たちの笑い声が聞こえるという。そんな場所に、なぜアルエを――? そして、リリーの狙いはいったいなんなのだろうか。 「ライラさん、行こう。アルエさんを助けに行こうよ」  華茂は自分の手のひらを見つめ、何度か首を縦に振った。まずは自分の問いに対して、自らを肯定させておく必要がある。 「……わかったよ。なにかの罠がしかけられている可能性はあるけど、だからといってアルエさんを見捨てることはできないもんね。回復が終わったら、行こう」  ライラは同意した。もちろん、燕もだ。  華茂はすっくと立ち上がる。  来たるべきリリーとの再会を想像し、深呼吸を繰り返す。  アルエのことは、たしかに心配だ。  だが華茂は、一つ許されたような感情を覚えていた。  殺したと思ったリリーが、生きている。だったら、アルエを奪還するにあたり、心に膜をかける必要などない。本気で、いく。  全天には星が、川辺の蛍のように輝いていた。  二つの衛星、リーフスとハーバルの距離がいつしか縮まっている。  これまでの華茂の旅路が大きな岐路きろを迎えるような。そんな、気がした。 【⇒長い路を一緒に歩いてくれてありがとう! いよいよ次は、最終章だよ!】

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