魔女のお茶会
第二章⑩(紺碧)

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 マロンは寄り目になり、「あうっ?」と漏らす。  その場にいた誰もが、身体の力を一割ほど抜いた。もちろん、華茂かももだ。 「ニーウ、戻って!」  意思を宿した声が、時を再び動き出させる。  華茂の目の前にそびえたのは、均整の取れた長身。たおやかな髪がさらりと風に遊ばれる。だがその背中にはたしかに、何者をも震撼しんかんさせる怒りが静かにわなないていた。  アルエの歯が、ギリッ、と鳴る。 「壊したわね」  こころなしか、指先が顫動せんどうしている。 「あなたたちは壊した! だからアルエはここに来た! アルエはあなたたちを、絶対に許さない!!!!」  アルエは華茂に背を向けているため、その表情をうかがい知ることはできない。しかし彼女の声には、どこか涙色が混じっているようにも聞こえた。  だがチャーミは要領を得ない感じで、ゆらりと首を傾げるだけ。 「壊した? ああ。さっきの岩が。町に落ちたのね。駄菓子屋にも。届いたかしら?」 「ミスカームは……」  そこでアルエは頭をもち上げる。その角度は、宇宙を眺めているようにも、あるいはあふれてくる雫をなんとか我慢しているようにも見えた。 「もう、ないわ」 「だけど君は。ここにいる。今こそ。旅立ちの時」 「ここにいる? そう……そんなふうに考えるのね。あの炎は、あなたの魔法でしょ?」 「正解。景品は。ないけれど」 「あなたたちが壊したのは、町だけじゃない」  そう言ってアルエは、手をそっと胸に当てた。 「アルエの暮らし! アルエの人生! ……アルエの未来! だから、同じように……」  ニーウがアルエの肩に乗り、小さく喉を鳴らす。  たちまちに生じる、羅刹らせつの気配。広域に磁場が生じ、辺りの空気をビリビリと震わせる。これまでに感じた何物よりも戦慄せんりつに満ちた気配に、華茂の肌という肌が粟立っていく。  アルエは半身に構えると――、 「同じように、あなたたちの未来を奪ってあげるわ!!!!!!」  一瞬の残像をのこし、アルエの背中が遠ざかっていく。それはまるで、砂時計の砂が一点に落ちていくように。 『静かな湖だった。そこにはなにもなかった。私が水面みなもを指でつつけば、水たちは揺らぎ、やがて暴れ出した。水が歴史を変える。ゆえに私は、歴史の創造者である――』  アルエが狙ったのは、マロンの方。  おそらくはマロンの方を強敵と捉えているのだろう。さっきマロンは、チャーミがチェーンソーを出せないと言っていた。なんらかの理由であの武器が使えないのなら、ここ空戦における難敵はマロンの方ということになる。  マロンも自分がターゲットに選ばれたのを感づいたのか、夢から覚めたような目で唇を真一文字に結んだ。  華茂が首都で見た、花を選びながら笑う二人の魔女。  ここにはもう、そんな二人はいなかった。 『いざなうわ! 駆逐くちくせよ――――――――、不退転セオリアンッッッ!!!!!!』  一気呵成いっきかせい、というアルエの気迫。  しかし――、なにも生じない。  ニーウが楽しそうにピョンピョンと空を舞うだけで、アルエからは火・水・風・土いずれの属性の魔法も放たれないままだ。それでもアルエはどんどん距離を詰めていく。マロンの顔に不審の色が浮かび出す。なにをやるのか、どこから来るのか。 「うっ……」  わずかな躊躇ちゅうちょを見せたマロンだったが、 「ご、ごめんな!!」  目を閉じながら、嘆くように腕を振るった。先刻華茂を襲ったものとは数も面積も減ってはいるが、それでも凶悪な勢いを乗せて風の刃が進んでいく。  アルエは、その場にぴたりと停止した。  それは直立不動。眉尻をわずかに下げるのみ。  相手を気遣うような。あるいは、過ぎ去りし時を惜しむような。  ピシッ――。  ピシッ。ピシ。  三枚の風刃ふうじんは、アルエの簡単な所作により指の間へとおさまった。 「な、んで」  マロンは目をいた。いや、それは華茂も同じだった。  建造物を一刀の下に斬り捨てる、マロンの風魔法。  華茂とつばめを苦しめ、燕の腕の皮膚を破ったあの威力。  マロンはアルエが傷つくことを予想していたのだろう。だがアルエは親指から中指までの三本を使用するだけで、刃を無力化させた。あのタイミング。動線すらも見破っていたに違いない。 「ありがとう、マロンちゃん」  哀しく笑い、アルエは風刃を投げ捨てる。紺碧こんぺきが全てを包みこむ。呆然とするマロンに対し、チャーミはなにかに気づいたかのように叫んだ。 「かわしなさい。マロン! 本体は。その娘では。ない!!!!!!」 『フニャァァァァァァァゴォォオオオオオオォォォォォ!!!!!!』  たしか、ニーウという名前の猫。  その猫の口から、砂吹雪が尋常ではない勢いで吹き出した。砂は直線に、あるいは曲線を描きめいめいに伸びていく。まるで幾何学模様。だが砂はたしかに、なんらかの紋様もんようを描こうとしていた。注視する。あれはなんの図形だ。あれは、あれは――。  ――――薔薇ラ・マリエ。  高貴な花びらを震わせ、薔薇は一直線にマロンへと接近する。マロンは自らの身体をかき抱いた。いのちの気配が断崖へと追いやられる。おそらく彼女に熟思じゅくしの時間はない。マロンは最終奥義を、ためらいもなく吐き出した。 『円環フラッシュライト――――ファッキン・クロス!!!!』  背表紙を破損した本のように、バタバタバタバタ!! と風が舞い散る。あの一つ一つが滅殺めっさつの能力を有している。風は瞬く間に薔薇へと襲いかかった。ズバッ! ザスッ! ガガ……ガガガガガ!! 薔薇は四方八方からの斬撃を受け――そして――、  華麗に、散る。 「な、なんだぁ」  安心の息を吹く、マロン。  そう。薔薇は散っていた。  散っていたのだ。  砕け散った、という方が正しいかもしれない。  薔薇はその姿を分離させたのだが――、  消えてはいなかった。 「ま、魔法が消えない!? おめー、どうなってんだ!!」  砂はたちまち、薔薇へと形を整えていく。しかもマロンの風を喰らったことによりその速度を増していた。瞬き一つも許さない。許されない。音速の壁を突き破った薔薇は――、  メ、シャァァァァ……。 「か、カハァ…………」  絡みつくようにして、チャーミの頭からつま先までを捉えた。  メギメギメギメギ!! 「う、ぐあぁあぁあぁぁ」  バキン!! 「ぎゃあああああぁあぁぁぁああぁぁあ!!!!!!」  それはまさに、断末魔の叫び。  チャーミに粘り着いた薔薇は異常な圧力をもって、おそらく彼女のどこかの骨を折った。 「うっ、くっ」  チャーミは膝をぶらぶらとさせながらも必死の炎熱で薔薇を払い、上空へと逃げていく。  遠く遠く――それは遠くへと――。  チャーミは後先を考えることなく、戦闘圏から離脱したのである。  しばし上方を眺めていたマロンは、ふいと視線をアルエに戻す。 「そっか。わかったわ。おめーの魔法は、なにもないとこから存在を生み出す魔法だ」 「ニーウ、戻りなさい」 「にゃん」  ニーウが再び、アルエの肩に乗る。 「その猫がそうでしょ! おめーが! 創造した! それは……光魔法だ!!!!」 「これが光魔法なの? リリー師匠には呆れられたけど」  違う。  華茂は思う。  それは呆れられたのではない。  その話が本当だとしたら、リリーはたぶんアルエの力が公になってしまうことを恐れ、呆れたふりをしただけなのだろう。  さあっと白南風しろなちが吹く。これが、最強の魔女の力――。 「へ、へえ……じゃあ、」  少しずつ、少しずつ、遠ざかっていくマロン。 「やり方を変える必要がありそうね!!」  マロンが突如として、特定の方向へと飛んでいく。  その先にわきたつ雲の間から、マロンの狙いが出現した。  ――――飛行船。  この国のフェスティバルを観覧しにきた、人間の乗る船。 「いけないっ! ……あっ、つ……」 「燕さんはここで動かないで。わたしが止めてくる!!」  燕の服は血だらけ、しかも唇の端から血が伸びている。一緒には行けない。  華茂はマロンの後を追った。チャーミが去った今、ここが勝負の時。それに、いくらハーバルといっても、あの子に人間を殺させたくはない。  またも線となって流れる景色の横に、すうっとアルエの横顔が追いついてきた。 「アルエも、行くわ」  華茂は目だけで了承を伝える。  心強い。今、華茂の隣を誰よりも心強い魔女が飛行している。  マロンは飛行船の下方――乗車口へと近づく。華茂より、十秒ほど、早い。  華茂は心に言いつけた。  けして、殺させはしない――――、と。

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