魔女のお茶会
最終章⑧(悲願)

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 きた……。  きたきたきたきた、きたきたきたきたきた……!!  蘭麗らんれいの身体が打ち震える。もう、身体の芯から先端まで愉楽ゆらくが突き抜けていく。脳の中で大量のドーパミンが弾けた。シナプスがよろこびの声を上げる。きたぁ、きたぁ。  あの、華茂かもの顔っ!  愛するつばめに不意打ちを受けた、華茂の顔!  かわせなかっただろ。予想外だっただろ?  まさか燕が自分を攻撃してくるなんて思わなかっただろうよ! その証拠にほら、燕の二発はともに華茂の急所に決まった。それも、きれ~~いにだ! 「燕さん、なんで……?」 「ちっ、違うっ……」  ほらほら、二人でなんか言ってる! 言ってるよぉ~~っ!  蘭麗は口に手を当て、キヒヒ、と笑った。  蘭麗は知っていたのだ。  人間たちを滅ぼすためには、華茂の力が必要なのだということを。  なぜなら華茂は『心を司る魔女』。けがれはその、心というものに強く反応する。だから蘭麗が大量の穢れを集結させるためには、華茂の無力化が絶対条件だった。  そこで以前に注目したのが、燕という名前の魔女だ。華茂と燕はなかよしこよし。その蜜月は、魔女学校の時からのものだったという。蘭麗はリリーを操った上で、華茂と懇意こんいにしている魔女の存在をそれとなく聞き出していたのである。  ならば、キーとなるのは燕となるだろう。  華茂の心に最大のダメージを与えるための手段として考えられるのは、二つ。  その一、燕を殺すか。  その二、燕に華茂を攻撃させるかだ。  蘭麗は後者の選択肢を採用した。燕に危害を加えると、華茂は激情してさらなる力を発揮しかねない。その危険性については、ハーバルの中心となる魔女たちにだけは伝えておいた。唯一言うことを聞いてくれたエントレス=チャーミはまだいいとして、リリーもマロンもナンドンランドンも燕を攻撃して華茂の力を肥大させた。あいつらほんと、すぐ戦いに夢中になってしまうのだから、本当にマヌケとしか言いようがない。  そして蘭麗は、どうすれば燕に華茂を攻撃させることができるか、と考えた。  攻撃の反対は当然ながら、攻撃を控えること。すなわち罪悪という心である。であれば、その罪悪感マイナスからゼロに向かう力を通常の状態に与えてやればいい。そうすれば心はゼロから敵意プラスへと平行移動する。  さらに蘭麗は、念のため策を深化させた。華茂と燕にキネトスコープを観せてやるとうそぶき、恋愛ごっこの夢を見せてやった。二人が愛を語り合い、結婚の約束をするという……それはもう、さぶいさぶい、蘭麗には虫唾むしずの走るような夢だった。しかしあの夢で、二人の恋愛ごっこは完成した。十重二十重とえはたえに準備した策は、発動を待つのみとなった。  すなわち蘭麗はこの瞬間――燕が華茂を攻撃する瞬間を、首を長くして待っていたのである。策謀の完成。シナリオがシナリオどおりに進むこと。それすなわち、快楽。  猛速で近づいてくるイアよりも、もっともっと先に。  ほうら、きたきた。  華茂が呼び寄せたあいつらの気配が、この髪の毛を震わせる。  きたぞぉ…………。  だが、その前に。  ビュンッ!!  ズムッ……ズムッ! 「うあぁぁぁぁ――っ!!」  華茂の絶叫が木霊こだまする。燕が発した氷が二本、華茂の肘の内側に突き刺さった。細胞を破り、氷は溶ける。だが一度破られたものは閉じられない。ぱくりと開いた傷口から、とろみのある血液が外に逃亡しようと試みる。これで、華茂の心は完全に折れただろう。  ならば、とどめだ。 「華茂、あたしの声が聞こえるかっ!?」  蘭麗は手をメガホンの形にし、華茂に呼びかける。  その声に反応して上げられた顔は、情けないほどの涙でぐちゃぐちゃになっていた。 「ら、蘭麗さん……そうか、蘭麗さんの魔法だよね? 蘭麗さんが変な魔法を使って燕さんに攻撃させたんだよね? そうだよね?」 「ああ、そうよ!」  スカッと一発、回答してやる。すると華茂は、ずず、と鼻をすすった。救われたような目でこちらを見てくる。うん、うん、よかったね。蘭麗は細目になってうなずく。 「あたしはちょっと前に燕の罪悪感を奪ってやったことがあってね、それを今ここで返してあげたんだ。だから燕の心は暴発しちゃったってわけだね!」 「やっぱり……ぐずっ……そうなんだ。よかっ、」 「だけどさ」  蘭麗は、声に重さを乗せて発した。 「あたしが返したのは、あくまで燕自身の心。もし燕が貴女を大事にする心の方が大きければ、さっきみたいなことは起きなかったと思うの」 「えっ――」  華茂の眼球に、再び薄い膜が張り始める。ぷくく、また泣くの?  まあもちろんのことだが、燕の罪悪感を増幅させて戻したことは黙っておこう。 「貴女、それほど愛されてないのね。あたし、貴女にダメージを与えたいだけだったのだけど、ついでにつまらない証拠を提示しちゃったみたい。ごめんね」 「あ、うあ……」 「華茂!? 違いますよ! 私の身体が勝手に動いて!」  おっ、燕が弁解に入ったか? だが華茂は「あっ、あぁあぁぁぁぁあぁぁぁあ……!!」と嘆くのみで、その心はどんどん乱れていっている。 「信じてください、華茂! 蘭麗さんの言葉に耳を貸してはいけません!!」 「うあああああああぁぁぁあぁぁぁぁっぁぁあっっぁぁっぁあぁ――――――――――――――――――――――――――っつっっっつっ!!!!!!」  では、とどめのひとことといこう。 「燕が信じてって言ってるのに、貴女は信じられないのね。所詮、そんなもんかぁ!!」  …………。  ………………。  ……………………プツン。  はい。戦意喪失確認。  敵の慧眼けいがんを、黒く塞がせていただきまーす!  キラッ、と天上が瞬く。  だがその輝きは、星のものではない。華茂を閉じこめるための板と手枷が飛来する。手枷は華茂の両腕をすくい上げた。燕が狂ったような声を上げる。華茂と板を密着させ、手枷を差しこんでガッチャンコ。華茂のこうべが、ガクリと落ちた。  そこへ、ついに、最後の死神が訪れた。  最初は薄い煙のようだったそいつは、他の煙と手を繋ぎ次第に色を濃くしていく。  一度黒色こくしょくに染まれば、あとは数珠じゅずつなぎ。黒という黒が大量の塊をなす。その表面は泡立ち、揺らぎ、ガスのようなものを噴射する。  なんという、おぞましさ。  蘭麗はかつて数十年間、毎日のようにそいつをはらう役割を担っていた。  だが、これほどの規模のものは、見たこともなければ想像したことすらない。  水平距離にして百キロ以上に及ぶ穢れが、終わりを求めてここへたどり着いた。  燕も、そしてリリーも。  驚愕した目で、遠大な穢れを臨む。  そうだろう。  ……そうだろうよ。  魔女学校の首席ごときが、この穢れを祓えるわけがない。  大魔女様にも、まあ、無理だろうね。  イアの片腕とかいって調子に乗っている桃髪ちゃんにも無理。人間どもと毎日のんびり暮らすことを誇りとか言っている童顔ちゃんにも無理。無理無理無理無理。  全員、無理なんだって。  だってお前らは恵まれているから。  なのに少しの苦痛に音を上げ、心を壊す。  もう、根本的にもろいんだよ。  ……この、穢れを操ることのできる魔女が今の時代にいるとすれば、それはただの一人。  未来の魔女を、舐めるなよ。 『穢れを司る魔女』――この、胡蘭麗フーランレイをな。 『全て喰らい尽くせっ!! 宵月の欺瞞ムーンライト・セクトだああぁぁ――――――――ッッッ!!!!!!』  蘭麗が開いた手を穢れに向けると、穢れから一本の黒条こくじょうが伸びてきた。次第に速度を上げていくそいつは、まるで触手のよう。 「え……いやぁぁあぁぁっっ!!」  そして穢れは燕の身体をとり囲み、その輪を縮めた。  ギュウウッ、と収縮だ。燕は完全に身動きがとれなくなった。 「はな、離して! 離して下さいっ!!!!」  燕が懇願しようとも泣こうとも、穢れの強大な力を止めることは叶わない。穢れの手はゆっくり、ゆっくりと本体に戻っていく。本体がズゥゥウゥゥ――ム、といた。その音はまるで、一団が捕食を喜ぶときのよう。  蘭麗はその様子を見上げ、開けっ広げの笑みを浮かべた。  ついに……。  ついについについに、この時が。  今から蘭麗は燕を穢れに取りこませる。それは、蘭麗にとって悲願の瞬間の幕開けだ。  燕を助けられる者は、全て排除した。  華茂は目を無にしてぽっかりと口を開けており、アルエは頭部を斜め下に崩したまま動かない。二人の心は完全に折れている。アニンの終わり、そして仲間の死を目の前にしながら、多少の肉体的苦痛や精神的苦痛ごときで心を折ってしまったのだ。こここそ死力を尽くさなければならない局面だというのに……。  なんて間抜けな、魔女たちだろう。  蘭麗は燕に向けてバイバイのジェスチャーを行う。その時――、 「零式ぜろしきさんっ! おいっ! ちょっと待ってよ!!!!」  たった一人。  ただの一人、喉から声を絞り出したのは、ライラだった。 「蘭麗さん! なんであんなことするのよ!? 零式さんを殺す気? あなた人間の敵なんでしょ。魔女を殺してなにがしたいのよっ!!!!」  なんと。  たしかにあの魔女については、今回の狙いの中で厄介な存在の一人だと思っていた。だが、勘が鋭いだけでなくここまでの精神力をもっていたとは。イアが彼女を右腕に据えたというのもうなずける。  ならば、その大健闘に応えてやらねばなるまい。 『魔女ライラ=ハーゲン。あなたに敬意を表し、全ての種明かしをしてあげるわ』  蘭麗が魔法で語りかけると、ライラの片目が激しく歪んだ。 「な、なにっ? 今あなた、どうやって、」 『黙れ、ライラ。今からこの穢れの正体を教えてあげるから。あなただけじゃないわ。そこの華茂にもレティシアにも燕にも。いや……アニンに住む全ての魔女と人間の脳にもあたし直々に、直通で教えてあげる』  蘭麗が言った瞬間、アニンがまるごと静まった気がした。  コウン、コウン、と自転するアニン。ここからは見えないが、大地に街に、それから海上に森に、数えきれないほどの人間が住んでいることだろう。同じように、魔女たちも。  愚か者どもよ。耳の穴かっぽじって、よーく聞きなさい。  ナンドンランドンには後で活躍してもらいたいので、彼女の担当する地域だけは除こう。しかしその他全ての者に、胡蘭麗が告ぐ。この時代に生きるお前らがけして知りえない事実を今、死の土産として語ってやろう。  蘭麗は、敬虔けいけんに息を吸った。 『アニンには、生物が住んでいる。魔女や人間だけじゃない。ウサギ、ツグミ、蛙、いわし。それから広葉樹、海藻、微生物、その他もろもろ。そうよね。多くの生き物が連鎖しながら生きているのよね。まあこんなのは、当たり前のことなのだけど。  だけど貴女たちは、こんな生き物はアニン以外にも存在するんじゃないかって考えたことはない? ……まともに考えたことはないでしょうね。想像したことはあるかもしれないけど、それって所詮夢物語に過ぎないんだもんね。  でも、残念。いるのよ。アニン以外にも、生き物は住んでいた。その星の名前は――』  いくつかのアルファベットを魔法に乗せる。  その文字列は、生きとし生けるものの頭の中でぐにゃぐにゃと動き出したことだろう。       e    最後尾の文字が、先頭に入る。  a    a    この文字において変化はない。  n    r    nの先がほんのわずか切れた。  i    t    iの上部に、横線が引かれる。  n    h    nの頭が、少しばかり伸びた。  e 『彼らは、この名前の星に住んでいた。遙か遙か遠く、いくつもの銀河団を超えた先。光の速度で120億年を必要とする距離に、彼らは住んでいたのよ。そして彼らは故郷を懐かしがった。つまりこの星をアニンと名付けたのは、彼らなの。  彼らは高い知能と技術をもっていたわ。貴女たちと同じようなことで喜び、そして涙を流した。同じようなものを食べて笑い、同じような服を着て同じような街を歩いていたのよ。それに外見も、貴女たちにそっくりなの。  だけど彼らは唐突に終わりの時を迎えた。誰もがその瞬間に気づかなかった。彼らは自らの技術に溺れ、生命と星の全てを蒸発させてしまったの。避難の呼びかけとか戦争の気配なんてこれっぽっちもなかった。ただ、ある日全てが終わってしまったのよ。  でもたった一つ、なくならなかったものがある。  わかる?  心よ。魂、と呼んだ方がいいかしら。日常の喜びと、それを潰されたことへの憎しみ。それらはなくならず、一つの塊となって集まった。……もうわかるわよね? それこそ、貴女たちが穢れと呼んでいる存在なのよ。  穢れは宇宙の中を漂った。  もう一度、自分たちと同じような生命が現れることを信じて。  だけどそんな条件はそうそう見つかるものじゃない。1兆の銀河を越え、さらに越えて、長い長い旅の終わりにたどり着いたのが、ここアニンだったの。だから彼らはアニンの進化に携わった。自分たちの楽しかった文化を伝えるようにした。ある程度文明を進めた後で、アニンを取りこんで支配しようとしたわけね。  で、その危機を一番に感じとったのが、アニン自身だった。アニンは魔女を生み出した。魔女というのはアニン独自の進化だったから、穢れからしたら異常な存在なのよねぇ。魔女は穢れに対して強い力をもって、アニンを護った。当然、貴女たち人間のこともね。穢れは魔女にまったく抵抗できなかった。この歴史上、ただの一度も。  だからアニンは、魔女に祓われるのはある意味仕方のないことだと諦めてた。正直なところ敵みたいなものだしね。まあそこは、しゃーないかっていう。  だ・け・ど! 人間は別! 人間って、穢れにとっちゃ仲間みたいなものだから。自分自身みたいなものだから! そいつらに祓われたら悲しくなっちゃうじゃない? つまり穢れは人間に祓われた時、ものすごく抵抗するのよ。アニンに大災害を引き起こす。あたしが最近ちょこちょこ実験してみたから、異常に気づいた人はいたかもしれないわね。穢れを祓ったはずなのにまたすぐ現れたり、噴火するはずのない火山が連続して噴火したりね! うふふふふ。  で、今から大実験を行いまーす! 魔女はもしかしたら生き残れるかもしれないけど、人間さんたちは全滅ね! ご愁傷様! ただ、貴女たちがクソだから仕方ないの。自業自得ってやつ。よくも魔女狩りとか考えついたわね。この鬼畜どもが!!!!!! 自分たちを護ってくれる魔女を傷つけて何様のつもり? 低脳!!!! おっばかさ~~ん!  ……ああ、すっとした。とにかく、今から二つの実験をします。まず、零式燕というかわいこちゃんを穢れに取りこませます。穢れが魔女の存在を身につければパワー百倍! その状態で、あたしの準備した機械を使って人間に穢れを祓ってもらいます。え? そんなことする人間なんていないって? 残念! そいつらはある魔女の協力者なのよね。あたしはもう、その魔女に指示を出しておいたわ。時すでに遅し……とほほほほ。  ちなみに今からその魔女と人間を探し出そうとしても無駄よ。仮にそいつらが裏切ったとしても、穢れに魔女を取りこませればそれだけで充分。穢れには、すぐにアニンを襲わせるわ。あたしは穢れを司る魔女だから。ごめんねごめんね、今からしっかりと、死ぬ準備をしておいてね。  最後に、あたしの邪魔をしようとした魔女たちを発表します! 貴女たち人間からすると英雄にあたる魔女だからね。死んでからも、よーく覚えておいてあげて?  まず、遠野とおの華茂かも。今はあたしの魔法を食らってヨダレ垂らしてまーす!  次に、零式燕ぜろしきのつばめ。今から穢れに呑みこまれる魔女です! ヒロインの彼女に、拍手拍手!  それからライラ=ハーゲン。さっきなんか叫んでたけど、身動きとれない状態みたい!  締めは、レティシア=アルエ! ちっとも動かないけど、もう死んでるのかな?  以上、勇敢な四名の紹介でした!  さぁて、申し訳ありませんが実況の時間がなくなってまいりました。正義とか道徳とか、かっこいいことをのたまっていた人間の皆さん、さよならさよならさよなら!  っていうか……、  死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねこのクソ野郎どもが! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ! 全員地獄に落ちて獣に骨までしゃぶられろ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねェェェェェ――――――――――――――――――――ッッッ!!!!!!』  はあっ、はあっ……。  言いきった。  蘭麗は自分の言いたいことを、全て吐き出してやった。  だけどなぜか、完全に清々しい気持ちを得ることはできなかった。なんとなく、心臓の細胞の一つが拒否しているような。しかしもう、どうでもいい。来るところまで来てしまったのだ。ほうら、見ろ。燕の叫び声は消えた。燕の長い脚線を、雪白せっぱくの頬を、理知的な耳たぶを。甘い香りまで含めて燕の全てを、穢れはもうすでに喰らってしまった。蘭麗がどう願おうとも、事態は動き出したのだ。  誰も止めることのできない歯車が今、回り始めた。  ……だが。 「ん、ん、ん! んぎぎぎいぃぃぃいんんあああぁぁぁぁああぁぁぁっっっ!!!!」  なんと、ライラが顔を醜く潰し、華茂に魔法を送った。  手を桎梏しっこくに塞がれた状態で、それでもなお彼女は魔法を発することができた。 「ら、ライラの! 最後の回復、魔法っ! 華茂ぉ……どうか受けとって……」  華茂の皮膚の傷が閉じられていく。  顔の赤みが増し、涙もヨダレも引っこんだ。  半秒、蘭麗は身構える。万が一の事態に備えて。 「あなただけができる。あなただけが……。零式さんを、助けて、あげてぇ……」  だが華茂は、ぴくりとも動かなかった。  身体は完全に回復している。ただ、うろと化した瞳だけが変わっていなかったのだ。 「華茂ちゃん……華茂ちゃんっ……」  ライラはしばらく華茂に呼びかけていたが、やがて諦め、すすり泣きを始めた。  蘭麗は胸をなで下ろす。勝った。これで、勝った。  勝った。  ……勝っ、た? 「ん?」  蘭麗は目を凝らす。誰かがいる。華茂を封じこめている板の裏側に、何者かの気配がある。誰だ。どさくさに紛れてここにやって来た魔女? それは、誰なんだ……。  そしてその気配は、板のこちら側にすうっと姿を現す。 「な、なにっ……」  そいつらは、二人いた。  巻き髪含みの金髪に、長いローブ。 「なんで、貴女たちが……」  蘭麗のおののく前、ローブを羽織った魔女は華茂の頬にそっと指を這わせた。 「せっかく。借りを返しにきた。のに」 「おめぇー!! うちのレティシアになにしてくれてんだよ――――っ!!」  零下の魔女、エントレス=チャーミと。  風を司る魔女、ロール=オブ=マロンが。  蘭麗の編んだ舞台に演者となって上り、悠然と斬りこみをかけてきた。  穢れが、ボウ、と。呪いを吐く。

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