「なに、このクッキー!! 色ついてる、やば!」 犬歯を伸ばし、キャッキャと騒ぐ女子を見てアルエはすぐにわかった。 この二人も、魔女だ――。 「マロンは。まるで子供ね。これは染めてある。だけ。味は同じよ」 「うっせーなぁ! チャーミはすぐに夢を壊すんだから。じゃあ、あれだね、チャーミはなにも買わなくていいのね?」 「いいえ。そこの。レモンタルトを一つ」 「えー、なにそれ!?」 「大人だってね。甘みがほしく。なるのよ。時折ね」 「う、うちとおめーは同級生だろーが!?」 まったくタイプの異なる、二人の魔女。 頭が軽そうな方がマロンで、不気味な笑みをたずさえた方がチャーミ。これは覚えた。 しかし二人ともかなりの魔力の持ち主だ。さっき来た燕、とかいう魔女といい勝負だろうか。そんな二人がなぜ、ここに? もしかして、この魔女たちもアルエのことを探してこの町に……。 「あなたたち、魔女よね?」 思いきって、訊く。 二人は怪訝な顔をしてこちらを振り向いた。サジャンノから、たしなめるような咳が一つ。ええ、これは賭け、だ。 「どうして。そう思うの。かしら?」 チャーミの声の温度が変わった。明らかにこちらを警戒している。 「だって、へんなかっこしてるんだもん。そんなかっこした人、この町にはいないわ」 「ほう。しかし。旅行者とは。思わなかったの?」 「旅行者にしては言葉が通じるからね。世界中どこでも話せるなんて魔女だけ。言語魔法っていうのだっけ、それ?」 あくまでとぼけた感じで返す。するとチャーミは、軽く首を傾げた。その角度のまま十秒ほどの沈黙が流れる。硝子窓には、いくつもの雨粒がとろり。 「もー、チャーミはなにやってんのよー」 マロンのたしなめるような言葉で、微妙な沈黙は破られた。 「もしかして……この子がレティシアだって疑ってんの?」 「蘭麗から画像をもらっていない。から。全てを疑って。調査をする。しかないのよ」 「それなー。てかうち、その蘭麗って人の顔も見たことないし」 「仕方がないわ。蘭麗は今、あたしたちに直接。会うことができないから」 「ま、でもこの子は人間だって! ぜんっぜん! 魔力感じないもん!」 「そう。ね」 アルエはもちろん、軽率な安堵の息などつかない。 むしろ、なにを言っているんだろう? というような顔で眉をひそめてみた。そしてちらりと横目でサジャンノを見る。サジャンノは機微を熟知しているようで、サングラスの下、ニンマリと笑みを浮かべるだけだった。いや、このババー、ほんと何者なんだろう。 「さっ、お菓子お菓子! んふー、なににしようかな」 マロンは顎に指を当てながらお菓子を物色し、結局、カラークッキー、マカロン、エクレーヌふうのチョコ菓子を選んだ。そして、レモンタルトも忘れずに。どうやらアルエの正体については、隠しとおすことができたらしい。 ただ、それが本来は想定内なのだ。 アルエは完全に魔力をカットしている。サジャンノに化けるくらいならきわめて微少な魔力の行使で済むのだし、アルエを魔女と見抜くことなどできないはずなのだ。 なのに、さっきの魔女……華茂とかいったっけ。彼女はなぜ……。 「ん?」 お菓子を紙袋に入れて渡そうとしたら、マロンがアルエの全身を舐めるように見てきた。なにをジロジロと見ているの? 「なにをジロジロと見ているの?」 思ったことをそのまま訊いてみる。するとマロンはへらりと笑い、身をかがめた。 「かわいいじゃん!」 「なにが?」 「おめーの服! いいなー、うちもこういうの着たいなー」 アルエの格好は、チュニックにニーハイのタイツ。本当はチュニックだけを着るのが一般的なのだけど、最近雨で足下が寒いためタイツを合わせている。こんなファッションをする人はいない。町の女子からは「アルエはちゃんと脚を出した方がいいよー」と言われているのだけど、生まれつきの冷え性なのだから仕方がない。 「そう? あまり人気はないんだけど」 「いーや、うちにはわかる。おめーはファッションの最先端ってやつを行ってるんだ。百年経ったらみんなこのかわいさがわかるって。最強領域とか言ってさ!」 突然、チュニックとニーハイの隙間を指でツンと突いてくる、マロン。 「きゃっ!」 「えっへっへ!」 「な、なによー」 と言いながら、アルエは自分の口角が自然と上がっていることに気づいた。 「かわいい!」 「なにがかわいいのよー」 「おめー、めっちゃかわいいよ!」 「かわいいかわいいって、言わないでよ……」 ううー。ほっぺが熱を帯びてくる。自分の服装を褒められるってなんか嬉しい。今週末にでも、サジャンノに頼んでブティックに連れていってもらおう。ワンピースの種類を増やしてみたくなった。いつも店番をがんばっているし、一着くらいねだってもばちは当たるまい。 「もう」 紙袋をマロンへと強引に押しつけて、一歩下がる。サジャンノにぶつかった。サジャンノは「おやおや」とか言ってる。むうー。 でもまあ、このマロンという魔女はとても楽しい人だ。彼女からは邪気が感じられない。アルエとは正反対で、天真爛漫という言葉がよく似合う魔女みたい。 「ほら。マロン。行くわよ」 「ん。じゃ、またな……えーと……」 「ニーウよ」 「そっか。じゃあニーウ、また来るから!」 マロンが五指を広げた手を、大きく挙げた。 アルエは胸の前で、楚々と振り返す。 (ニーウの名前、借りちゃった。でも……あの人とは、友達になれるかも) 去って行くマロンの横顔を見ながら、ふとそんなことを思った。 「なんだい。やっぱり、魔女は魔女同士の方がいいのかもしれないね」 サジャンノが、後ろに手を組みながら言う。 「別に」 「なんだ、照れているのかい。それもいい。人生の要点の一つさ」 そしてアルエは今度こそ、駄菓子屋『ミスカーム』の扉に錠をかけた。 ハロゲンランプのスイッチをひねると、売り場は夜の入口に浸された。 サジャンノについて、キッチンへと向かう。 今夜のディナーは、ミンチ肉のトマト煮込みだ。フェンネルを入れた布袋から少々スパイシーな香りが立ちのぼり、アルエはあともう少しでくしゃみをしてしまうところだった。 小ぶりな鼻が、やたらとむずがゆい。
コメントはまだありません