通路から、けたたましい悲鳴が聞こえた。 熱感を袴の袖でガードしていた華茂は、誰かが通路にいると気づく。 しかも、あの声は――。 華茂は悩むことなく部屋を抜けた。目の前の炎は勢いを落とし、淡い朱色に燻られた壁色が現れる。華茂が部屋から出ると、左手はすぐ行き止まりだった。船尾の方向。そして数百メートルはあると思われる長い長い通路が、船首に向かって伸びている。さっきはこの船首から船尾に向かって、炎が光線のように突っきっていったのだ。しかし今は、小さな神社の鳥居と拝殿くらいの距離でバチバチと爆ぜるのみ。その明滅の手前に、肩を押さえる孤影があった。あれは。 「ライラさん!」 華茂が大声で呼ぶと、ライラは苦悶の表情をこちらに向けた。 「華茂ちゃん、か。無事で、よかった、よ」 「どうしたの? この炎なに? もしかしてライラさん、怪我してるの?」 「う、うん」 よく見れば、ライラの頬は煤で汚れている。Tシャツの肩が焦げ、皮膚が剥き出しになっていた。 「早く船から逃げよ? わたしたち、毒を飲まされたんだよ」 「わかってる。でもさ、これ……」 「えっ……」 ズゥゥゥゥゥゥゥ…………ム。 そんな音が、聞こえた気がした。 華茂とライラの眼前に立ちはだかるのは、牢屋に使われるような鉄格子だった。この鉄格子が壁ぴったりにはまっている。わずかな隙間もない。これでは、鉄格子の向こう側に行けない。このままでは、次第に近づいてくる炎にこの身を焼却されてしまう。 「どっ、どうしよう!? ライラさん、どうしたらいい?」 「どうもこうも。さっきからライラはこいつを溶かしてやろうと思って、火魔法を打ちまくってるんだよ。だけど……ちょっとは溶けてるみたいなんだけど、どうもだめみたい」 と、いうことは。 この鉄格子は相当頑丈にできているのだ。華茂はライラの火魔法を見たことがある。火を二つの波として発生させ、それらの干渉により爆発を生じさせる魔法だ。あれが利かなかったとなると、華茂の通常の火魔法ではこの格子を溶かすことはできない。 「ねぇ、華茂ちゃん。あなた、風の属性ももってたよね?」 「風魔法? だめだよ。わたしの風魔法って、風で自分の身体を動かす魔法だもん。あんなの、マロンさんの風魔法じゃないと斬れないよ……」 「ロール=オブ=マロンか……。あいつがこの船にいるわけないし、いたとしてもハーバルだからなぁ。ライラたちを助けてくれるわけがないだろうな」 「ん……」 そこで華茂は、熟考する。 マロンの風魔法だったら、あの格子を一瞬にして斬り壊すだろう。つまり、溶かすというのではなく物理的に粉砕する手がある。 「ライラさん」 「なに」 「わたし、できるかも!」 華茂は魔力を練った。背を丸め拳を握り、筋肉という筋肉を緊張させる。 「あっ……ううううううううううぁぁ……!!」 「おい、華茂ちゃん? まさか、ちょっと」 全身に力がみなぎる。肩甲骨辺りから、紅蓮のオーラが立ち上る。 「あああああぅあぅあぅああぅあぁうああ!!!!」 「だ、だめだ! やめ、」 華茂は、ガッ!! と床を蹴り、捕食をするがごとく鉄格子に躍りかかった。 『火龍!!!!』 手首から先に猛炎が宿る。鉄格子との距離が縮む。それはすなわち、敵によって放たれた炎との邂逅。熱と熱が接近する。リンクする。その一撃に生じるは、特異点――。 ボォォアアアォアォアォォォアァッォァオッッッッ!!!!!! 赤の悪魔が、身体を押した。 いやこれは比喩ではない。炎が華茂の拳から肩、肩から腹部へと強烈な圧を加えたのだ。神経系統が異常を察知する。パルス。パルスパルスパルス。 拳で殴りつけた箇所を起点とし、華茂の身体はヴボウバァァァァァァ!! と吹き飛ばされた。風が口から入りこみ、酸素を供給することなく鼻から抜けていく。全身の血流に黒色を落とし、華茂は激しく床に叩きつけられた。 カッ。 ――ハッ。 ハッ、ハッ、ハッ、ハ……。 (華 茂 ちゃ ん) ハッ、ハッ、ハッ、 (だ いじ ょ !?) こえがきこえる。 ライラのこえだろうか。 そうかも、しれない。 しっぱい、したから。おこられる、かな。 ごめ、んね。 (は ぁぁぁぁ ぁぁ っ っっ ああああぁぁぁぁっ っ!!!!) 闇に染められた思考。 そこに、水色のなにかがやって来る。華茂がかつて暮らした場所で流れていた、あの清流のような。やがて水色は、黒を全て押し流した。嫌なもの。華茂を連れ去ろうとする終わりの鈍重。それらがパチンと弾けた。華茂は、目を見開く。 ――ガバッ、と起き上がり、 「ライラさん?」 痛くない。あれだけの衝撃をくらったのに、少しの痛みも、痺れすらも感じない。 逆にライラは、華茂の目の前でべろを突き出していた。眼球が飛び出るくらい、瞼を開けて。 「……ライラさん? ライラさん!!」 「だっ、だいっ……うっ、うっ、大丈夫、よ」 「大丈夫じゃないよね? ど、どうしたの!?」 「ご、ごめん……」 ライラは口だけを使って、呼吸を戻していく。 「もう大丈夫。急速の回復魔法を使ったから、ちょっとヤバくなっちゃった」 「わた、しの、ために?」 華茂の心臓が激しく振動する。自分が無力なせいで、ライラを苦しめてしまった。 「っていうか、ごめんね。今のライラの顔、キモかったでしょ? やだな、華茂ちゃんだけにはあんなの見られたくなかったな……」 「ぁ……」 そんな。 そんなの。 そんなの……。 華茂は強くライラを抱き締めた。ぎゅうぎゅうと抱き締めた。涙がこぼれてきた。その涙をライラのシャツで拭いてやった。やわっこい胸に顔を押しつけて。 いいだろういいだろう。このくらいしたっていいだろう。悲しくてせつなくて申し訳なくて。そして心からありがとうと言いたいのに声が出てくれないのだから。 このくらいしたっていいだろう……。 「ばか」 なのにライラは軽く笑って、華茂のつむじを小突く。 「こんなことで抱いてもらっても、嬉しくないのよ」 ライラは華茂の身体を突き放す。そこにはいつもどおりの、いたずらっぽい笑みがあった。 「とにかくライラたちだけじゃ、あの鉄格子に打つ手なしだよ」 「……では、私がいたらどうでしょう?」 え。 ええっ? 華茂とライラで同時に後方を向く。そこには、正方形に開いた壁穴から月光を浴びた、零式燕の姿があった。 「つ、燕さん! 無事だったんだ!」 「ふーん」 あれ? おかしいぞ。なんだか燕の様子が変だ。ここは再会を喜び合うところなのに、腕組みをしてそっぽを向いている。 「燕さん? どうしたの?」 「いいえ。華茂はライラさんと仲良しなんだなー、って思っただけですー」 「えっ? ……あ、いや、今のは!」 目を閉じ、唇をアヒルっぽくしてむすくれる燕。……やっちゃったー!! 華茂は両手を挙げ、燕の周りをうろちょろする。困りに困る。どうしようどうしようどうしよう。 「こら、あんたたち!!」 ライラの怒声が、華茂の鼓膜にジーンと響いた。 「痴話喧嘩してる場合じゃないでしょ! ちょっと、今の状況を整理しようよ」 「た、たしかに……ごめんね、燕さん」 「い、いえ……謝ることでは……こちらこそ申し訳ありませんでした、華茂」 それから三人で、なにが問題で、なにをやるべきかを考えた。 まず、ここは蘭麗の船の中、という認識で間違いないだろう。 華茂たちは蘭麗に眠り薬を飲まされ、なにもない部屋に放置された。その間に蘭麗は天井から鉄格子を下ろし、火を放ったのだ。火の回りの早さから考えても、おそらくはなんらかの液体燃料が巻かれている。鉄格子の向こうから、火は徐々にこちらに迫ってきている。このままだと華茂たちは、火と煙に巻かれて泡となってしまう。 そこで最初に目覚めたライラは、火魔法で鉄格子に立ち向かった。しかし鉄をわずかに溶かすことはできても、溶かしきることができない。しかもなぜか、火魔法を打つたびにライラに向かって炎弾が飛んできたという。そういえば華茂も鉄格子を殴った瞬間、とんでもない力の反作用を受けた。 「それは、対抗魔法の術ではないですか?」 燕の言うとおり、あの鉄格子には対抗魔法の術がかけられているのだろう。 「他も試してみましょう。えいっ!」 燕が小さな氷を壁に向けて撃ったところ、尖った氷が返ってきて床に突き刺さった。あっぶな……。 「やはりそうですね。鉄格子だけじゃなく、壁にも術がかけられているようです」 「わたしたちが眠ってる間にやったんだね、これ。そっか、蘭麗さんはその時間稼ぎのために睡眠薬を使ったんだ……」 「ん……」 言ってライラは首を傾げ、納得のいかない表情をする。 「ライラさん? どうしたの?」 「いや、なにか引っかかる感じがするんだよね。なにかがおかしいような」 「どういうこと?」 華茂がせっついて訊くも、ライラは手のひらでそれを制した。 「いやいや、いい。それよりライラからも言っておきたいことがある。ライラの回復魔法だけど、残りの魔力から考えてあと二回……んー、三回? が限度かな」 それはつまり、この船からの脱出とその後の生還を得る間に、四回以上大きな怪我をしてはならないということだ。ライラは鉄格子を融解させようと火魔法を撃ちまくったのだから、仕方ないのかもしれない。それにさっきも、ライラは華茂を助けるために、身体をねじられる思いとともに急速の回復魔法を使ってくれたのだから。 とにかく一刻も早く、この船を出なければならない。 「レティシアさんも、無事だといいけど」 その、華茂の呟いたひとことでライラが顔を上げた。 「……そうだ。アルエさんだ」 「わたしたち、レティシアさんを助けに来たんだもんね」 「じゃない。そうじゃない。敵はライラたちを殺そうとしてるんでしょ?」 「う、うん」 「だったら、アルエさんも一緒に殺そうと考えないか? だってアルエさんはリーフスなんだぞ?」 「……あ」 全員で、首を回す。探している対象は皆同じだ。 わかっている。わかってしまったのだ。 この船に……いや、この鉄格子のこちら側にアルエがいるということを。 「レティシアさん!」 「レティシアさんっ!」 「アルエさーん!!」 何度も何度も呼びかける。だが返事はない。しかしアルエの身がどこかに隠されている可能性は高い。だったら、部屋を一つ一つ探して回るか? 火は少しずつではあるがこちらに歩を進めてきている。間に合うか。間に合うのだろうか。 表面張力のある汗が頬に浮かんだ瞬間、ライラが叫んだ。 「小娘――っ! 出てこぉいいい!!!!!!」 「誰が、小娘なのよぉ――――――っっ!!!!!!」 ……いた。 マジでいた。鉄格子から数えて三つ目の部屋。その出口から眠そうな顔が、きつつきの一撃のように現れたのだ。ふわーぁ、とあくびを一つして。 「レティシアさん!」 華茂はダッシュでアルエに寄る。しかしアルエはその幼い顔を、ひくひくとさせた。 「あなたたちの話は聞こえていたのよ。でも眠くて眠くて仕方ないから動けなかったの」 「そうだったんだね! ぶ、無事でよかったぁ~~っ!!」 「それをあなた、勝手に小娘呼ばわりして……。その名前で呼んでいいのは、アルエの町の人たちだけよ」 実に不機嫌そうなアルエだが、華茂としては、こうやって再会できて本当に嬉しい。 しかしライラがすぐに、華茂の肩を掴んで横にどかせてきた。 「詳しい話は後にしよう。アルエさんの魔法で、早くこの鉄格子を消してくれ」 必死のライラ。一方のアルエは、ジト目でライラを眺めている。 「嫌」 「なんで! アルエさんならできるでしょ!?」 「嫌。っていうか無理よ。対抗魔法の術がかけられているんでしょ? アルエの魔法は、ものを消す魔法よ? これに対抗されたら、アルエが消えちゃうじゃない」 「……あ」 「冷静なライラちゃんにしては珍しい。もしかしてアルエを消す気だったとか?」 「いやいやいや! 消さない消さない! こんなかわいい子を消すはずないじゃない!」 「かっ、かわいいとか……」 アルエは自分のチュニックを掴み、もじもじとする。 いやー、そういうのいらないから。 ていうか、さっき「そんな場合じゃない!」みたいなこと言ってた人、誰よ? ただ、あれだ。 頼みの綱のアルエもだめだとすると、これで万策尽きてしまったのだろうか。いやでも、冗談抜きで脱出しないと、本当に泡になってしまう。この状況は、なんとしても打開しなければならない。 四人して無言になる中、しずしずと手を挙げたのは燕だった。 「私、やってみましょうか?」 「燕、さん?」 「いえ、火魔法は炎同士がぶつかるから危険ですよね。それに、華茂の『火龍』も直接叩く技だからだめだった。でも、私の氷か土ならどうでしょう……?」 ――なるほど。 燕の魔法には、氷の槍を生成する『氷舞』と、大岩での攻撃魔法がある。どちらかを使えば、この鉄格子を物理的に破壊することができるかもしれない。ただ、それは。 華茂は燕をふいと見上げる。燕は自分自身を、ゆっくりと指さした。 「ライラさん、残りの回復魔法のうち一回を、私にください」 「零式さん、あなた……?」 「私の魔法もたぶん、跳ね返ってくるでしょう。ちょっと怪我をしてしまうかもしれません。痛いのは嫌なので、すぐに治してくださると嬉しいのですが……どうですか?」 ちょっとの怪我。 なんかで済むはずはない。鉄格子を破壊する威力がそのまま燕に返ってくるのだ。鉄と肉体、どちらが脆いだろうか? 子供でもわかる比較問題だ。 「だめだよ、燕さん」 華茂はいやいやをして中止を懇願する。だけど燕は、空のように笑った。 そして真剣な表情へと戻し、ライラに強い視線を送る。 「ただし、同時です。私に術が返ってきたのと同時に回復魔法をかけてください。私も、こんなところで泡になりたくはありませんから。まだ、やりたいこともたくさんあるんですから……」 「わかった」 ライラが重くうなずく。 「それなら、土でいこう。氷も殺傷能力あるけど、あの鉄を壊すなら土だ」 そんな。 そんなそんなそんな。 「だめだめ! だめだよ燕さん! もし魔法がずれたらどうするの!?」 燕の白い皮膚がちぎれ、泡と化し、華茂の前から消えてしまう映像が浮かんだ。 そんなことになったら、二度と会えない。華茂の護るべきもの、護りたいものがなくなってしまう。繋ぐべき手が無限の彼方へと渡る。『好きだよ』って伝える声。『ありがとう』と返ってくる声。それらを賭けに用いることはできない。それなら自分が……自分が自分が自分が壊れてしまった方が。自分が自分が自分が自分が自分が自分が――――。 「大丈夫ですよ」 ぐちゃぐちゃになった思考。眼球をじわりと濡らす涙。それらを静かに抑えたのは――、 燕の、小さな口づけだった。 燕は華茂の前髪を手で上げた。露わになった額に、唇の感触が点った。それはとてもとても小さくて。だけど、なによりも神々しい柔らかさがあった。 「燕、さぁん……」 「大丈夫なんです。このままだと、私たちみんな泡になっちゃいますよ? それに私には、やりたいことがありますから。華茂と一緒に、やりたいことがありますから」 ライラは華茂たちを見て、仕方ないなぁ、というふうに笑っていた。 燕は華茂の頭をひと撫で、ふた撫で。そして、勝ち誇った顔でライラに言った。 「さっきの仕返しです」 「ん、ふっ。負けたよ、あなたたちには」 再び動き出す、時間。 炎は間もなく鉄格子からこちら側に侵入しようとしている。もう、迷っている暇も議論している暇もない。燕は片腕を伸ばし、その腕の付け根をもう片方の手で押さえる。 「同時ですよ、同時」 「くどいなぁ。ライラにまかせときなさいな!」 そして燕は、深く深く息を吸いこんだ。 『我が名にかけて帰趨を制する。我が名は、零式燕。零なる空を翔かける者――――』 刹、 那。 ガガガガアォォォォアアァオォアアガガガアガォォオ――――ッッ!!!!!! 空間いっぱいの巨岩が現出。それは次第に人間の手そっくりに形を変え、鉄格子に向かって猛進していく。半端ではない迅さ。ライラは瞬きなどしていない。その、その、来るべき一瞬を待っている。 巨岩の手が鉄格子を掴んだ瞬間。 世界が、白く……ただ、白く輝いた。 音が聞こえない。ライラが唇をパクパクとさせている。 燕は激しく血を吐き、悲鳴のようなものを上げている。 燕の耳がちぎれる。 だが同時に、その耳は元に戻った。 燕の肩が外れる。 だが同時に、その関節はまともになった。 燕の髪が、眼球が、鎖骨が、脚が、指が、内臓が――――、 破壊されては、全てあの美しい身体へと帰っていったのである。 音がもう一度戻ってきた時、燕はいつものようにニコリと笑って、そして。 鉄格子は、木っ端微塵に粉砕されていた。 しかもその圧倒的な衝撃により、じりじりと近づきつつあった炎も消し飛んでいる。 「行、こう! 脱出、だ!!」 ライラが歯を食いしばって叫んだ。 いつもの、きれいな歯並び。もしかしてライラは、少しでも美しいその顔を保とうとしたのかもしれない。 「行きましょう、華茂!」 燕が華茂の手を取ってくれた。 手を、取ってくれたんだ。 「うん!!!!」 だったらもう、泣かない。 涙に厳命を言い渡す。お前は引っこんでいろ、と。 いくら悲しくても、ここで泣いちゃ嘘だろう? 四人で走った。通路の、奥の奥へと駆けた。もう一度……もう一度笑ってお茶会をしたいなって思いながら。ライラが「あっはは!」と笑った。その笑いは伝染する。みんなで馬鹿笑いをした。馬鹿みたいになって走った。馬鹿でよかったのだ。それで、よかった。 数百メートルを走破し、通路の端で左手に曲がる道を見つけた。ここを曲がれば、きっと船の外に出られるはずだ。華茂は、絶対にそうだと思っていた。 ――しかし。 おかしい。左に曲がるとすぐにまた、左への曲がり角があった。これだと方向的には戻ってしまうことになる。それでも一本道なわけだから、道を選ぶことはできない。最初に曲がり角に入ったのは、ライラだった。 華茂もライラに続き、そして。 足を止める。 ライラが腰に手を当て、困ったように笑っていた。 「おいおいおいおい」 熱風が華茂の髪をかき上げる。燕からもらった小さな感触が溶けて、消えていく。 「この船つくった奴、誰よ? こんなのクレームもんだぜ」 華茂たちの前に鎮座していたのは――、 幾層もの、鉄格子だった。 十、あるいは二十。どこまで続いているのかわからない。 一枚の鉄格子を破るのにすら、あれだけの苦労をしたのに。こんなの、もう。 ライラがへなへなと腰を崩す。燕は、覚悟をしたように生唾を呑みこむ。 そして華茂が小さくあえいだ時、アルエが一歩前に出た。 「思いついた。アルエにも、できることがあるわ」 火炎地獄が、喋るように蠢いている。 それでも最強の魔女――レティシア=アルエは、のほほんとした声でそう呟いた。
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