魔女のお茶会
第三章④(溶岩なんぞで……死になさんなよ)

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 耳を澄ます。  万が一にも間違いがあってはならない。ナンドンランドンは耳に神経を集中させ、さっき捉えた声の正体を確かめようとする。 (……うわぁん。ああん) (怖いよ……熱いよ……)  ナンドンランドンの頬を、ひと筋のぬるい汗が流れていく。  聞き違いではなかった。よく知った、村の子供たちの声だ。火山からはもう脱出しているものと考えていたが、どうやら中腹の樹林地帯に避難し、そこからはまだ動けていなかったらしい。溶岩の流れる速さからして、中腹の辺りはそろそろ危険だ。 「……やむをえん」  夏の逃げ水エーレンで溶岩を消してしまおうか。……しかし、自分の魔力がどれだけ残っているかわからない。無理をして魔力がゼロになれば、自分はこの場で倒れてしまう。すなわちそれは、リリーを殺した魔女――遠野とおの華茂かもを見逃すということを意味する。  ――ならば。 「いいか。キミたち、よく聞け」  ナンドンランドンは華茂、つばめ、ライラの全員に語りかけた。 「子供たちの居場所がわかった。今から血塔大船盆けっとうだいせんぼんを解除する。一瞬で溶岩が流れこんでくるけえ、逃げる準備をしときんさい」  まだ、ゴホゴホと咳をしている華茂。  焦げた白衣装をまとい、仁王立ちする燕。  怯えた目で拳を握り締めるライラ。  ナンドンランドンは片手で自らの髪を、ぎゅっとつかんだ。 「溶岩なんぞで……死になさんなよ」  血塔大船盆。  ――――解除。  ド、  オオオオオッ!!  ゴボボボボボッッッ!!!!  子供の遠慮のない嘔吐おうとのように、溶岩が空間を占拠しようとあふれてくる。  全員同時に、飛んだ。  さっきまで平和だった草原は炎を咲かせることもなく、瞬き一つの間に灰燼かいじんへ帰す。だが燃焼をともなった黒煙が空へと上りたち、ナンドンランドンたちの口腔こうこうを襲った。目を閉じなければ眼球をやられる。呼吸を殺さなければ、肺胞はいほうが壊滅する。ナンドンランドンたちは腕で顔面を覆いながら、火口付近から脱出した。  黒煙が薄くなる。しかし依然として山頂部分の空気は煙っている。ナンドンランドンは魔法で岩のプレートを出現させ、それらを次々に溶岩の上にと放った。  プレートの上に、トン、と着地。  さらに次のプレートを目がけてジャンプを繰り返す。ナンドンランドンの背後でもプレートを踏む音が聞こえる。どうやら華茂たちも同じようにしてついてきているらしい。  すぐに樹林地帯へと到着し――、ナンドンランドンは目を見張った。  溶岩の進みが予想よりも速い。すでに樹林地帯の入口では山火事が発生している。これはまずいことをしたか……。やむをえないが、ここで溶岩を消すしかないか。  苦渋の選択に足を踏み入れようとした時だった。遙か下方で、声が聞こえた。 「ナンドンランドン! 子供たちは、無事だっ!!!!」  見れば、パチャラを含む村人数人が子供たちを抱えて逃げている。勝手知ったる山道だからか、溶岩などものともしない速さで子供たちを安全圏へと連れ出してくれていた。  ここに、勝機、戻る。 「パチャラ、みんな、ありがとう!!!!」  ほんとうに、ありがとう。  今から後ろのチビに、決着の一撃を入れてやる。  それは今のナンドンランドンにとって、ダイヤモンドよりもずっとずっと貴重な時間。  まさに、値千金。パチャラたちが贈ってくれたこの機会を、必ず生かしてみせよう。  ダ、ダッ、と二つのプレートに両足を置く。  敵の方を振り向けば、燕とライラは軽やかな跳躍でナンドンランドンに追いついてこようとしているところだった。一方の華茂は少し不器用なのか、恐る恐るといった感じで遅れている。到着には、前の二人との間にブランクがある。  ならばっ。 「華茂ぉ……こいつがキミのアキレス腱なんじゃろっ!!」  迷わない。  ナンドンランドンは燕を目がけて跳ぶ。口をすぼめる。細く強い息を吸いこむ。狙うは燕が空中にいる間ではない。彼女の……着地の……その時だっ!!  燕が視線にてこちらを捕らえた。だが遅い。ナンドンランドンは両膝をくの字に曲げて低空を突き破り、虎の手をサイドに構える。そして、  プレートを踏んだ燕の腰を、一文字に切り裂いた。 「ああぁああぁぁっっ!!!!」  燕が叫び、その身を揺るがせる。  すると秒を置かず、前方で紅いオーラが爆発した。  来たな――、遠野華茂。  フルパワーのキミと戦わなければ、意味がない。  なぜならリリーは、もうこの世にいないのだろうから。  いくら願っても届かない。自分がいつか倒すことを夢見ていたあの魔女は、誰かの手によって葬り去られてしまったのだ。  だが、諦めない。  諦めないためには、華茂というピースが必要だ。  自分が最強の魔女だと証明するためにはやはり、フルパワーのキミが必要なのだ! 「あなたっ! 許さない……あっ、あああああああああ――――――――っっ!!!!!!」  豪速と化した華茂が残影を生じさせ、斬りこんでくる。ジグザグとしたステップでプレートを踏破とうは。臨界寸前の高速に、時の欠片が舞い散っていく――。  行くぞ! 一刀の下に破り捨ててやろう!! 『夏の逃げ水――――ッッ!!!!』

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