華茂は願う。 静かな祈りを込めて、こう願った。 星に思いを馳せた人たち。 あなたたちの身体はもう、ありません。 あなたたちが歩くはずだったいのちは、もうないのです。 あなたたちの人生というものは、ささやかなもので満たされていました。 力をもつ者、弱い者、それぞれの立場があったことでしょう。 だけど誰もがただ、幸せになろうとした。 それだけでした。 そしてそれらの幸せとは、ささやかなものの積み重ねだったと思うのです。 朝早くに鳴る時計。おいしい朝ご飯。お味噌汁の香り。 ランドセル、通勤鞄。いってきます、という元気な声。 いってらっしゃい、と手を振る人。 友達とのおしゃべり。好きな人とのすれ違い。高鳴る心。 一生懸命に取り組む仕事。野菜の買い出し。季節を映す空。 大人になることを想像して。たくさん楽しみで、ちょっぴり不安で。 手を繋ぐ親子。神様がくれた時間を味わう人たち。 家々から漂う、夕食の匂い。犬の散歩。ただいま、という優しい声。 面白いことを言い合って。笑ったり。たまには叱られたり。 お風呂で身体を温める。一日の疲れを癒やす。 夢をもつ人。夢に向かって、努力を続ける人。やがて報われる瞬間。 星が、そんなあなたたちに目配せをする。 それは、なんとささやかだったのでしょう。 人間という存在はなんとささやかで、それがゆえ美しかったのでしょう。 わたしは思います。 それらは全て、生きることで支えられていたのだと。 辛い時。どうしようもない時。大きな不幸に見舞われた時。 そんな境遇もあったことでしょう。 しかし人はささやかであるため、ささやかな幸せを胸に宿すことができたのです。 それはもしかすると。 あなたがたの全てだったのかもしれません。 その全てはある夜、一瞬にして失われてしまった。 だけど、わたしは。 わたしは、けして忘れません。 あなたがたの思い。喜び。やるせなさ。 この身の傷をもって、心に刻みました。 あなたがたの足跡と未来を、わたしの心に刻んだのです。 わたしはあなたがたが求めたささやかさを、一人でも多くの人に与えます。 与えようと、決めたのです。 ここにいる、わたしの大好きな魔女と一緒に。 アニンに生きる、全ての者に与えていくつもりです。 それは言い換えると。 あなたがたの心を繋いでいくということではないでしょうか。 だからどうか、信じて下さい。 わたしと一緒に、わたしの愛する人たちを信じてほしいのです。 かつてこの世で、同じいのちを受けた者として――。 華茂の願いは、ここで結ばれる。 すると。 華茂の皮膚が、爪が、骨が。 肺が、目が、そして、ハートが。 全て、元どおりに戻っていった。それはもしかしたら、百億の心を身体全体で受けとったということかもしれなかった。心を司る、魔女として。 大いなる穢れの群れはやがて、わずかな塊を残し、宇宙の粒となり散っていった。 目の前には、大好きな燕の姿。 華茂と燕は黙ったまま、きつくきつく抱き締め合った。 ハートを一つに溶かすように。ただ。 きつくきつく、互いの身体を引き寄せたのだった。
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