魔女のお茶会
最終章⑫(心を繋いでいく)

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 華茂かもは願う。  静かな祈りを込めて、こう願った。  星に思いを馳せた人たち。  あなたたちの身体はもう、ありません。  あなたたちが歩くはずだったいのちは、もうないのです。  あなたたちの人生というものは、ささやかなもので満たされていました。  力をもつ者、弱い者、それぞれの立場があったことでしょう。  だけど誰もがただ、幸せになろうとした。  それだけでした。  そしてそれらの幸せとは、ささやかなものの積み重ねだったと思うのです。  朝早くに鳴る時計。おいしい朝ご飯。お味噌汁の香り。  ランドセル、通勤鞄。いってきます、という元気な声。  いってらっしゃい、と手を振る人。  友達とのおしゃべり。好きな人とのすれ違い。高鳴る心。  一生懸命に取り組む仕事。野菜の買い出し。季節を映す空。  大人になることを想像して。たくさん楽しみで、ちょっぴり不安で。  手を繋ぐ親子。神様がくれた時間を味わう人たち。  家々から漂う、夕食の匂い。犬の散歩。ただいま、という優しい声。  面白いことを言い合って。笑ったり。たまには叱られたり。  お風呂で身体を温める。一日の疲れを癒やす。  夢をもつ人。夢に向かって、努力を続ける人。やがて報われる瞬間。  星が、そんなあなたたちに目配せをする。  それは、なんとささやかだったのでしょう。  人間という存在はなんとささやかで、それがゆえ美しかったのでしょう。  わたしは思います。  それらは全て、生きることで支えられていたのだと。  辛い時。どうしようもない時。大きな不幸に見舞われた時。  そんな境遇もあったことでしょう。  しかし人はささやかであるため、ささやかな幸せを胸に宿すことができたのです。  それはもしかすると。  あなたがたの全てだったのかもしれません。  その全てはある夜、一瞬にして失われてしまった。  だけど、わたしは。  わたしは、けして忘れません。  あなたがたの思い。喜び。やるせなさ。  この身の傷をもって、心に刻みました。  あなたがたの足跡と未来を、わたしの心に刻んだのです。  わたしはあなたがたが求めたささやかさを、一人でも多くの人に与えます。  与えようと、決めたのです。  ここにいる、わたしの大好きな魔女と一緒に。  アニンに生きる、全ての者に与えていくつもりです。  それは言い換えると。  あなたがたの心を繋いでいくということではないでしょうか。  だからどうか、信じて下さい。  わたしと一緒に、わたしの愛する人たちを信じてほしいのです。  かつてこの世で、同じいのちを受けた者として――。  華茂の願いは、ここで結ばれる。  すると。  華茂の皮膚が、爪が、骨が。  肺が、目が、そして、ハートが。  全て、元どおりに戻っていった。それはもしかしたら、百億の心を身体全体で受けとったということかもしれなかった。心を司る、魔女として。  大いなる穢れの群れはやがて、わずかな塊を残し、宇宙の粒となり散っていった。  目の前には、大好きな燕の姿。  華茂と燕は黙ったまま、きつくきつく抱き締め合った。  ハートを一つに溶かすように。ただ。  きつくきつく、互いの身体を引き寄せたのだった。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません