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 ――昨日から何も食べていない、俺はこのままゴミの山に埋もれて1人寂しく死んでいくのだろうか? 「はあ、はあっ……」  舗装されていない土が頬につく、斜めに傾いた建物を眺めているといよいよ目眩が始まってきた。命の終わりも近い、腹が減った、何か食べたい。頭の中はそれだけで埋まっていく。 (指も動かせなくなったか……)  全身の感覚が消える、視界がグラグラと揺れ始めてくる、心臓の音が速まっていく、俺は死ぬ、死に近づいていると直感した。ドクン、ドクン、ドクン、衰えてきた心臓が力無い音を奏で徐々にせばまっていく視界に俺は不安を抱き、死にたくないと心の中で願い続けた。 (嫌だ……!!)  寒い、温もりがほしい、死にたくない、生きたい。必死に口を動かすが、とうとう自分の声も聞こえてこない、それでも俺は何度も「助けてくれ」と訴え続ける。すると辺りは突然夜になった、違う、完全に目が閉じた事によって視界が真っ暗になってしまったんだ。 (なんだこれ、粘土か?)  誰かの手によって何かが口元に押しつけられている、最初は粘土かと思っていたが唇に触れた感触はやけに柔らかかった、それと甘い匂いがする、これは一体なんだろうか。俺は残っている力を振り絞り大きく口を開けると謎の物体は口の中へと押し込まれていき、何を入れられたのか歯を上下に動かしてその物を確かめてみた。 (パン……?)  これはパンだ、おいしい、ゆっくりと歯を動かし頑張ってノドの奥へと押し込むと、少しずつ力が戻ってきた。俺を助けてくれた人物を確かめようと目を開けるとそこには女の子が膝を曲げて座り込んでいた。この子が俺を助けてくれたのだろうか? キョトンとした表情で俺は少女を見た。 「大丈夫ですか?」  女の子は心配して俺に尋ねると、もう一度千切ったパンを俺の口元へと持ってきてくれる。俺は真っ先に「ありがとう」と擦れた声で言葉を伝え、パンを頂く、すると全身の機能が回復していきグッと足に力を入れると上半身を起こす事に成功した。  俺は自分の手でもらったパンを手に取り、それからはむしゃむしゃと頬張りながら1個のパンを食べ終えた。少女はニッコリと笑い、持っていたバスケットから手を突っ込むともう1つパンを取り出してまた俺に手渡す。 「ありがとう……」  今度はハッキリと声に出す事が出来た、この子は天使だ。俺を救ってくれた救世主だ。 「どうして倒れていたの?」  頭の上に疑問符を浮かべながら少女は尋ねてきたので、俺はここまでの経緯を簡単に説明した。 「お金がなくて食べ物が買えなかったんだ……」 「そうなんだ! それ、全部食べていいよ!」  笑顔で俺を見る少女、じっくりと顔を見れば純粋そうな青い瞳と、もらったパンのようにふっくらと包む声色、嬉しかった、俺はなぜか頭の中で矢継ぎ早に悲しい感情が押し寄せてきた。こんなにも優しくされる事が嬉しい事だなんて思いもしなかったからだ。どうして助けてくれたのかと理由を尋ねると、少女は「んー」っと悩んだ素振りをしてから答えを返す。 「……わかんない!」 「わ、わからない?」 「うん! 誰かを助けるのに理由っている?」  理由もなく助ける、それが人を救うというものなんだろうか? 俺を救ってくれた救世主は全身を覆うほどの赤色の服を1枚を身にまとい、茶色の髪は肩ほど垂れていないだろうか。その幼い表情は純粋無垢むくで俺より身長がほんの少し低く感じた、恐らく歳はそんなに変わらないだろう。 「おいしい?」  俺の食べている姿を見て少女は嬉しそうな顔で尋ねる。俺はコクリと頷くとよしよしと少女は頭を数回でてまた笑顔を見せた。そのあとすぐに畳んでいた膝をしっかりと立ち上げ、そのまま去って行っていこうとする。 「じゃあ私行くね、お母さんにも何か食べさせてあげないと!」 「あ、ちょ、ちょっと待って!」  俺は少女を呼び止めて自分の名前を伝えた。 「俺はネリス、君は?」 「ん? 私はタルト! 今度はもう倒れちゃだめだよっ」  片腕にバスケットを通し、スキップ混じりに可愛く走り去っていくタルトを見届けて俺は人のいない裏路地でポツンともらったパンを食べながら密かに決意を固めていた。 「俺も、誰かが困っていたら手を差し伸べよう」  人の悲しみや痛みを癒やせるような存在。  そんな優しい人間になれたらいいな――。         ◇    ◇    ◇  タルトとの出会いから何日が経っただろうか? どうしても再会したかった俺は今日も救われた付近を歩きまわる。服装からしてこので間違いはないはずなんだけど……どうにも見つからないな。 (ひょっとしてむこうの地区の子なのかな?)  この国には2つの地区が存在する、その1つは俺のような金のない貧しい人間が住む地区、所謂いわゆるスラム街ってやつだ。着ている服も何もかもが最底辺、それが当たり前に思えてくると金持ちになりたいだとかそんな高望みは失せてくる。  もう1つの地区は貴族達が溢れているらしいが、一度も行った事がないのでどういう場所なのかもわからない、ただ街の中に積み重なった石で作られた壁と門だけは外側からも見えるのでいつも印象に残っている。確か子供の頃、『選ばれし聖域』とか冗談半分で呼んでいたっけな。  ぐううっ。  この前のパンを食わせろと言わんばかりにお腹の音が鳴った、お金はいつも持っていないので今回もこの国の地下から汲み上げている水で凌ぐしかない、あんまりおいしくないからお腹を壊す人もいるようだが、俺は身体が強いのかあまり問題がなかった。  それでも水だけでは餓死してしまう、お金を稼ぐにしてもこの身なりじゃどこも雇ってくれないし、いつも食べ物を恵んでくれるだって必ずこの地区に来てくれる訳じゃないしな……。 (ここにもいないか……ひょっとしてタルトは本当に天使だったんだろうか?)  あの子は俺を救うために来てくれた天使だったのかもしれない、ちなみに今までどうやって暮らしてきたかと言うと、基本的には世界を旅する冒険者からの物乞いだ。これでも小さい頃は可愛がってくれる人達が沢山いたんだけど……。それが15年も経つと「いい加減自立しろ」と言わんばかりに世間は冷たく俺をあしらう。  自分1人で生きていく力を身につけてなければならないのはわかっている。何もしてこなかったツケが今ここへ集まってきているんだ、それでも俺はずっと誰かに救ってもらおうと甘えている、今更頑張ろうと思ってもどうにもならない状況にまで既に陥ってしまい、先の人生は八方塞がりだった。 「ここならいいだろう……」  闇雲に歩いていると辿り着いたのは人の多い広場だった、布1枚貼っただけの屋根と木箱に並べられた食べ物、この簡易的な店が建ち並ぶ広場は商人と冒険者が多く集まる事で有名だ。この場所で突然地面へ倒れれば誰かが救ってくれるかもしれない。  そうだ、また甘えてしまっているのはわかっている、でもこうしなければ明日を迎えられない、俺は地面へ倒れようと身体を傾けた。  その時――。 「助けて! お願い誰か!!」  1人の悲鳴が聞こえる。  とても聞き覚えのあるあの子の声だ。 (タルト……?)  俺は片足を前に出して倒れかかっていた身体を支え、声の方へと急いで向かうとタルトは男に腕を掴まれジタバタと藻掻いている。とりあえず近くにいた人に「すいません」とこの状況を尋ねると、どうやら男が商売をしている最中に1つの商品が盗まれたそうだ。  そこで犯人であろう近くにいたタルトを捕まえ、この街の【騎士団員】という傭兵団体に突き出そうとしているという。騎士団員というのはこの街の秩序を守る者達で、主に犯罪が起きないよう街を見回る事が多い、もちろん窃盗はこの国で1,2を争う大罪であり、騎士団員がいなければ市民達から木の棒でボコボコにされていてもおかしくないだろう。 「オラ!! さっさとその膨らんだポケットを見せやがれ!!」  男はグイッとタルトの手を掴むと上へ持ちあげる。 「いたい! 離して!!」  タルトはそれでもポケットを見せる事を拒絶していた、本当に物を盗んだのかもしれない。でも俺にパンを与えてくれるほどの聖人だ、あんな優しい子がどうして盗んだのかはわからないけど、とにかく動機は後回しだ。  大事なのはタルトが本当に盗んでいない事を男にどうやって証明すればいいのかという事だけを考えればいい、2人を観察しながら打開策を練っていると何やら様子がおかしい事に気付く。 「この……ど、ろ、ぼ、う、が」  タルトを掴んでいた男の声が段々とスローになっていき、周りの者達も同じように動きが固まった。これはなんだ? (いったい……ん? あ、あれ!?)  自分の耳から声が聞こえてこない。ノドにしっかり力を込めても擦れた声どころか、魚のようにパクパクと口が動くだけで俺は耳が壊れてしまったのかと疑った。

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