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 対曹操の戦略は徹底抗戦。それが決定してから孫権は左都督に周瑜を置き、右都督に程普を置いた。  これは孫権の愚策ということで知られている。一応、左都督と右都督では左都督が格上ということになるのだが、実質上のその立場にはほとんど違いがなかった。一つの戦において二人もの指揮官を置くということは軍内の混乱も招き、後に関羽との戦いでも孫権が同じく二人の都督を置こうとしたところ呂蒙が孫権の下に詰め寄って「赤壁のことを忘れたのですか!」とまで言い、都督を呂蒙一人に、させた程のことである。  この二人の都督という体制で周瑜は苦しむことになる。程普は孫堅以来の宿将であり、孫呉が戦うならば自分がその筆頭に立たなければならないという自負とプライドを持った武将だった。  それ故に周瑜とほぼ同格に置かれたのだが、このせいで孫権勢力内には不協和音が漂うことになる。最終的に周瑜が身を低くして程普に気を使ったことで周瑜が実質の総司令官ということになるのだが、そこに至るまでの周瑜の苦労を思うと最初から都督は一人だけにしておくようにと孫権に進言しようかと朱拠は迷った。  だが、それはやめることにした。この二人の都督による対立が曹操陣営にも知れ渡り、孫権勢力、一枚岩ではなしと判断されたことが後の黄蓋の偽装降伏を受け入れた要因でもあるからだ。  二人の都督による対立は赤壁の戦いを史実通り、孫呉の勝利で終わらせるため必要な行為だと朱拠は判断し、周瑜には苦労をかける羽目になるが、それを看過した。  朱拠は孫権にどうして申しておきたいことがあると言い、従兄朱桓を通して孫権の下に目通りを許してもらっていた。孫権は朱拠のことを買っている。その朱拠がどうしても申しておきたいと言うくらいだからよっぽどのことだろう、と朱拠を受け入れてくれた。 「曹操と戦うことにしたようですね」  朱拠が口を開く。孫権は深々と頷いた。 「うむ。曹操は強大な敵だが、我が孫呉の力を結集すれば打ち破れると信じておる」  ここまで聞いて劉備のことは全く考慮にいれていないのだな、ということを朱拠は読み取った。  三国志演義においては劉備軍も先端に立ち、孫権軍と共に曹操と戦ったが、史実においては劉備軍は孫権軍をあまり信用せず、孫権軍が敗れた際にはすぐにも逃げ出せるように後方に陣取っていた。  さらに劉備軍は水軍の扱いに不慣れなこともあり、水上の戦いが主になるであろう赤壁の戦いにおいては全く持って不要な存在である。劉備から周瑜に何か手助けできることはないか? と手紙が送られたこともあったが、周瑜はこれに対して徹底して辛辣な対応を取った。  それが後の三国志演義で周瑜が劉備から見て敵役として諸葛亮の噛ませ犬にされてしまうことの要因にもなるのだが、それに関しては今は話すまい。 「曹操との戦いは周瑜殿の勝利で終わるでしょう」 「ほう。言い切ったな」 「ええ。天の理、地の理、人の理、全てが周瑜殿に味方しております。周瑜殿が負けるなどあり得ません」  朱拠の言葉に孫権は上機嫌になったようだ。それはそうだ。徹底抗戦を決意したものの、現段階ではまだ周瑜が曹操に勝てるのか、それがハッキリしない。そんな中で必ず勝てる、と言い切った。それも朱家の神童が、だ。上機嫌にもなるというものだった。 「ですが、曹操との戦いに勝利した後のことが肝要です。孫権様」 「ふむ。まだ勝ってもいない戦いの後のことを考えろとは……随分と強気だな」 「それだけ周瑜殿の勝利を信じているからです」  朱拠はハッキリと言い切る。 「進言します。曹操との戦いの後、曹操の追撃に繰り出す軍勢は荊州方面に絞った方がよろしいでしょう」  朱拠は無礼を覚悟で言い切った。史実では孫権は赤壁の戦いの勝利の後、軍勢を荊州方面と合肥方面に分けて派遣し、結果、どちらも確実に入手できないどっちつかずな状況に陥ってしまった。  無論、孫権としてもここで合肥を取っておけば後の勇躍に繋がるということはあっただろう。だが、それならば合肥を攻めるなら合肥一つ、荊州を攻めるなら荊州一つに絞って攻勢をかけるべきだった。この中途半端な攻勢が合肥をも取れず、荊州南部を劉備に掠め取られてしまうという事態を招くのだ。  それを阻止させるための進言だった。合肥方面に全ての力を集束させれば、とも思ったが、合肥の守りは鉄壁である。そう簡単に崩せるとは思わなかった。  史実では合肥に兵を進めたばかりに江陵を攻めた周瑜に援軍を出すこともできず周瑜は流れ矢を喰らい一時期は指揮不可能に陥る程の重傷を受けながらも気力で紅陵を落とした。一応、紅陵は手にしたものの、この戦いで周瑜は気力をねこぞぎ使い切ってしまった感はある。  それが後の早世に繋がっているのでは、と言われれば否定はできなかった。それを防ぐためにも孫権は荊州方面に集中して軍を進めるべきだったのだ。 「周瑜の勝利を確信しておるようじゃな、朱拠」 「はい。そして、勝利したのなら得られるものは多い方がいい。周瑜殿は紅陵に兵を進めるでしょう。それを全力を持って支援するのです。そして、劉備に付け入る隙を与えず、荊州の支配を完全なものとするのです」 「ふむ……劉備はやはり荊州を狙っていると見るのだな?」 「はい」  劉備は赤壁の戦いの後、歴戦の猛者たるしたたかさを見せて荊州南部を占領、劉表の長男・劉琦を荊州刺史に立てて荊州南部の支配権を確固たるものにする。  その後、劉備自身も荊州牧に任命され、事実上、孫権との協力体制から独立を果たすことになる。それは孫呉としては都合の悪いことだった。朱拠の先の先を見据えた言葉に孫権は大層、感心した様子だった。 「そうじゃな。劉備に荊州を渡すのはどうしても避けたいところ。あい分かった。朱拠よ。お主の言う通り、曹操との戦いの後は荊州方面に軍を絞り、進めることにしよう」 「ははっ」 「だが、それも曹操との戦いに勝利できればの話ではあるがな」  そう言って孫権は朱拠に一睨みを見せる。朱拠は怯むことなく「できます」と答えた。 「必ず周瑜殿は勝利します。これは絶対の真実です」  朱拠は断言する。その姿勢は反感を買う恐れもあったが、孫権は好意的に捉えたようだった。 「そうじゃな。周瑜は必ず勝つ。そして、勝った後、我々孫呉が得られるものは多いほうがいい」 「はい。そのためにも荊州方面に軍を絞り、兵をお進め下さい。それが孫呉を一大勢力に押し上げる鍵となります」 「ふむ。お主は先の先までを見通しておるのだな」  孫権は上機嫌に続ける。「恐れ多きながら……」と朱拠は謙遜した態度を示して見せた。 「だが、曹操との戦いに勝った後は荊州ではなく、合肥を攻めた方がいいのではないか? 合肥さえ落とせば中原に進出できる足がかりにもなる」 「無論、それは私も考えました。ですが、合肥の守りは鉄壁です。今は孫呉勢力の地盤がためをするため荊州を完全な支配下に置くことが先決でしょう」 「なるほどな。兵の分散は愚策であるからな」 「はい。古の兵法書の多くがそれを謳っております」  孫権は感心しきりの目で朱拠を見る。まだ14だったか。その年齢でこの将器。全く、先が楽しみな小僧じゃ、と孫権はひそかに思う。 「朱拠、今は年は14であったな?」 「はっ」 「では16になった後はわしに仕官してこい。兵を与えよう」  これは破格の待遇であった。まだ20にも満たない身で兵を預けてくれるというのだ。予想外の事態に、朱拠も流石に慌てる。 「で、ですが、16というとまだ成人もしておりませぬ」 「構わん。その年で兵を率いよ。淩統などは15の年で父の兵を引き継いでいる。16ならば問題はない」  孫権はそう言い切る。兵を率いて孫権に仕える。いずれ自分の身に訪れることだし、早いに越したことはないのだが、孫権の口からこう言ってくるのは意外だった。自分は自分で思っている以上に孫権に高く評価されているのだな、と朱拠は思う。拝礼を取る。 「承知いたしました。16になったあかつきには孫権様より兵を預からせていただきます」 「うむ。期待して待っておるぞ」  孫権は笑みを浮かべてそう言う。朱拠はこれで歴史を変えてやる、という思いを強く抱き、孫権からの言葉を受け止めるのだった。

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