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 目を覚ました。どうやら、眠っていたらしい。体を起き上がらせようとして彼は起き上がれないことに気付いた。動けない……? 不思議に思って自分の体を見る。視界が若干ぼやけているものの、それはなんと赤ん坊の体だった。  赤ん坊になっている!? 彼は驚愕する。なんだ、これ。前世の記憶を持ったままの転生か? そんなことを思う。そうとでも思わなれけば説明が付かない。前世での自分は不治の難病に侵されていた。  病院での生活。暇を潰すのはもっぱら三国志関連の本だった。その中でも呉が特に好きだった。主役の蜀でも敵役の魏でもない。時には蜀と敵対し、時には同盟する。中途半端な立場の呉。だが、そんな呉が彼は好きだった。親子三代に渡って築き上げた孫呉。周瑜・呂蒙・陸遜といった呉の名将たち。孫堅、孫策、周瑜、呂蒙と夭折がとにかく多いのが特徴。  そんなどことなく地味だが、脇役と言い切るには抵抗が残る妙な存在感を発揮している孫呉がとにかく好きだった。しかし、病状は一向に良くならず、ついには意識を失ってしまった。  その後が、今だ。どうやら自分は前世の記憶を持ったまま輪廻転生をしてしまったらしい。毛布にくるまれた体が寝台に横になっているのに気付く。そこでヤケに硬い寝台だな、と思った。赤ん坊を置いておく分には相応しくないゴツゴツした硬質な寝台だ。そんなことを思っていると、誰かが声をかけてくる。 「お、目を覚ましたか」  男の声だった。こいつが自分の父親か。彼はそう思った。そうしていると父親のもとに母親らしき人物も寄り添ってくる。 「漢朝の権威も地に落ち、天下の安定も見えない世の中、この子には幸せになって欲しいものですが……」  その言葉は聞き捨てならなかった。漢朝の権威も地に落ちた。カンチョウ。浣腸じゃないよな? 漢朝? 漢王朝? 「うむ。そうだな。聞けばかの江東の虎の息子、孫策なる輩が僅かな兵で挙兵したらしい」 「袁術の配下に収まっている孫策ですか……袁術に良い評判はあまり聞きません。その配下の孫策なる者もロクな者ではないでしょう」  そんな風に赤ん坊を前に夫妻は会話を繰り広げる。江東の虎、孫策、袁術。聞いている内に赤ん坊は理解した。  今は後漢末期・三国時代。それも三国志の始まりの時代だ! なんてラッキーだ、と思った。自分は大好きな三国志の時代に転生できたのだ。赤ん坊が喜んでいると、それを見た父親もまた笑った。 「ふふ、何がおかしいんだ朱拠」  それを聞いて赤ん坊の笑みが止まった。シュキョ? この父親は自分のことをシュキョと言った。シュキョ、というと……咄嗟には名前や、行ったことが出てこずに赤ん坊は考え込む。  シュキョ、朱キョ、朱拠……そうだ、あいつだ! 呉の四姓の一つ朱家の出身で、曹仁を打ち破り、某ATCGでは矢印ハゲとして有名になった猛将・朱桓……の従弟。従兄同様、孫呉に仕え、孫権の娘を娶り、順調に出世するも孫権の後継者争い二宮の変に巻き込まれて自刃を命じられた悲劇の武将。 「おいおい、どうしたんだ朱拠? さっきまではあんなに上機嫌そうだったのに」  父親が不審そうに赤ん坊を、朱拠を覗き込んでくる。  朱拠。なんで朱拠。朱拠になった者はそんな思いにかられた。何分、朱拠といえば、正史に伝があるだけで三国志をベースにした歴史小説「三国志演義」にも出番のない武将だ。  有名な訳でもなければ、猛々しいエピソードもない、一応、孫権に呂蒙の後継者になってくれと見込まれ、孫権の娘を娶る程度には優秀ではあったらしいが、諸葛亮や司馬懿、陸遜のように単なる一配下に収まらない突出した才能を持っている訳でもない。  無論、孫権や曹操、劉備のような乱世を動かす君主でもない。孫呉に多くいる言ってしまえばその他大勢の一人のドマイナー武将。自分のように呉が特に好きで、三国志ヲタの中でも珍しく呉の末期をそれなりに知っている人間にしか覚えられていないであろう武将。  転生するのはいいが、よりにもよって、なんで、そんなドマイナーな武将に転生してしまったのか。それも後に待っているのは忠誠を無下にされて自殺を命じられるという結末。そんな悲劇のドマイナー武将になんでなってしまったのか。全く赤ん坊らしくない行動だが、朱拠は寝台で呆然としながら、途方に暮れるのだった。

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