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 すぐに立っていられなくなり、ヴィヴィを手放して膝から崩れ落ちた。息をするたびに嘔吐を繰り返している。 「グホッ……! お、お前……! ゴブッ……、な、何をした……!」  顔を上げることもできず、苦しげに言葉を搾り出す。  ヴィヴィは腹の痛みを堪えながらゆっくりと体を起こしていく。片手で傷口を押さえてなんとか膝立ちになると、ドゥドゥに最後の言葉を送る。 「貴様が……、知る必要は、ない……。死ね……!」  直後、ヴィヴィの横を人影が駆け抜けた。 「うおおおおおおお!」  雄叫びを上げ、刃を後ろに下げたハルバードを強く握り締める。  ドゥドゥを間合いに捉えると大きく足を踏み込み、全身全霊を込めて刃を振り上げた。苦痛に歪んだ顔が宙を飛んだ。 「こいつも食らえ!」  首を刎ねられた衝撃で起き上がった体に力強く穂を突き刺した。続けて柄の下部にあるレバーを押し込み、ドゥドゥの体を爆破する。肉片が四散するとともに、先に飛ばした頭が地面を転がった。 「ヴィヴィ! 大丈夫か!」  踵を返したルカはすぐさま血溜まりに倒れる相棒に駆け寄る。 「抜けたことを言うねえ……。どう見ても瀕死だろ……」 「じっとしてろ! すぐにリュックを持ってきて止血する!」  ヴィヴィはその声に従わず、手元に落ちていたナイフを掴むと腕を震わせながら立ち上がった。血で塗らした口から、ふーっと一度息を吐く。 「普通の人間なら、の話……、だけどね。しばらくすれば、この傷も塞がるはずだ……」 「それでも動かない方が良い!」 「まだ、やることが残っているだろ?」  そう言って彼女の視線の先にルカも目を遣る。  すると、ドゥドゥの頭部のそばで打ち震えるラドカーンの姿があった。 「おお……! なぜだ……! なぜ再生しないのだ……!」  信じられない光景に狼狽しているようだ。唯一答えを知っているヴィヴィが現実を突きつけるように言う。 「そいつの肉を食べて作った血清を、打ち込んでやった。ただでさえ、人間から胞子を退けるほどの血清だ……。きのこの特性そのものを持っている奴に……、使ってやったらどうなるか……。結果はこれさ」  細かく息継ぎをしながら出される声に、老人の目は見開かれた。そして、一歩一歩と杖を突きながら二人の方へと歩み寄ってくる。 「血清だと……。お前らは摂取した遺伝子を取り込み、自らの血肉にするだけの生命体のはず……! お前はその性質を反転させたと言うのか!」  ドゥドゥだけでなくブルゴーも、『取り込んだ遺伝子を受容する』体質があり、積極的に他者を食らって成長し能力を発現させていた。だが、彼らと同類のはずのヴィヴィは、『取り込んだ遺伝子を排除する』体質を持っていると老人は推察したのだ。  どちらも生物としてあり得る反応ではある。しかし、彼女はルトゥタイが持つ遺伝子を埋め込まれた生物だ。ラドカーンが行ってきた研究の成果にはない体質であった。  黄金の宝を目の前にしたように、老人は心の高まりを抑え切れず手を伸ばす。 「儂の元へ戻って来い。そうだな……、お前の体があればこの星を救えるかもしれんぞ?」 「止まれ!」  ルカがハルバードを前に構えて近づいてくる敵を制止させる。今にも切り掛かりそうな少年の胸の前にヴィヴィは腕を出した。 「切るのは待て。……星を救える、とはどういうことだ?」  杖先で強く地面を叩くと、ラドカーンは足を止めて不敵に笑う。 「クックック、お前は知っておるはずだが……、記憶を無くしたのだったな。では、少々長話をしてやろう。――現在、実際にルトゥタイの検体を採取して研究しておるのは、おそらく儂だけだ。その理由はわかるか?」  その問いに二人は答えない。それを否定と受け取った老人は話を続ける。 「皆、ルトゥタイに寄生されたからだ。防護服とて万能ではない。まず普通の生物ではこの辺りに拠点を置くことなぞできん」  同時にそれは自身が〝普通の生物〟ではないと言っているようなものだ。だが、肌に点在する緑色の痣や防護服を着ていない風貌を見れば、それは明らかであった。 「しかし、過去に遡れば数多の研究者がいた。その文献の中に気になったものがあってのう。小僧、何故こんな大きなきのこが生えているか考えたことはあるか? ないだろう? それが人間というものだ。当たり前に存在しているものは、当たり前と捉えてしまう。儂ら研究者が変わり者と呼ばれる所以だな」  自嘲するような薄笑いを浮かべる。それを仕切り直すように杖を突く。 「話を戻そう。その文献――、まあひとつの論説だ。ルトゥタイは太古の昔に宇宙から飛来したものではないか、と記述されていた。言うまでもないが、今みたいな大きさではない。過去に『頂きのないフングス』と呼ばれていたそうだが……、頂きがないと形容されるに至ったこやつも、最初は目に見えぬ胞子であったと考えるのが当然だろう」 「結論を、言え。見ての通り……、こっちは早く休みたいんだ」  ルカの右肩を借りて立っているヴィヴィが痺れを切らして急かせた。  だが、ラドカーンは物怖じしない態度のまま言う。 「おお、すまんのう。会話ができる話し相手がドゥドゥぐらいしかいなかったもので、つい楽しくてな。そういう意味でお前を実験台にするのは苦渋の決断だったのかもしれん」 「早く言え……!」 「カッカッカ、そう怒るな。急かされんでも話はもう終わる」  愉快そうに笑う老人だが、じりじりと近づいて来ていることにヴィヴィは気づいていた。 「ここまで大きくなる理由は、もちろん世界中に自分の胞子を撒くためだろう。併せてこいつは地下にも伸びておる。悠久の時を掛けて星の中心部まで寄生し、最後には宿主である星を爆発させるのだ。そうして、数え切れぬほど生じた残骸に付着させた胞子を他の星に飛ばして植えつける。――どうだ? 儂が知る中でこの話が最も有力なルトゥタイの生態だ」  壮大な規模の話ではあるが、でたらめを言っている様子はない。少なくとも、この老人が長年続けた研究の成果から得られたものなのだろう。  そう感じたルカは率直に訊ねる。 「あとどれぐらいでこの星が爆発するのかわかっているのか?」  ニヤリとラドカーンが笑う。顎を右手でさすりながら、 「もう間近に迫っておる。およそ三百年といったところか。人間の感覚で言えばまだまだ時間はあるが、星の一生で考えればまばたきする間のことよ。だが、トゥーリが協力してくれるのなら儂がそれを止めて見せよう」 「三百年……」  そう答え、少年の武器を持つ手が緩むのを見逃さなかった。杖を腰に構えて握り手近くを掴む。 「キエエエエエエ!」  奇声を上げて仕込んでいた刀を引き抜くと同時に斬り掛かった。その身のこなしは素早く老人のものではない。ルカのわき腹目掛けて刃が襲い掛かる。  キンッと澄んだ音が茜色に染まる空気を震わせた。  ヴィヴィが逆手に持った刃の薄いナイフを巧みに操り、ラドカーンの一撃を受け止めたのだ。さらに腰に携えた注射器を握り取ると、無防備な敵の首筋に力強く打ち込む。 「それは――、ゴフッ!」  血清を注入されたラドカーンはドゥドゥと同様に透明な液体を大量に吐き出した。力を出し尽くしたヴィヴィの体は地面に倒れる。 「このやろおおおおおお!」  突き飛ばされたルカは受け身を取るとすぐに地を蹴った。振りかぶったハルバードをラドカーンの頭上に振り下ろす。  再度響いた金属音であったが、それに隠れるように鳴った鈍い音がヴィヴィの耳に届く。  盾にした刀は折れ、老人の左肩に下ろされた刃はその半身を断ち切った。 「ヌグアアアアアアアアアア!」  喉を枯らすほどの断末魔の叫びがルトゥタイにこだまする。  声が止むとラドカーンは力なく後ろに倒れた。そして、赤い血溜まりの中で事切れる。 「やったか……」  肩で息をするルカが呟いた。だが、すぐにハッとする。 「お、おい! 大丈夫か!」  ハルバードを置いて地に伏すヴィヴィを抱き起こす。  腕で支えて顔を覗くと、彼女は柔らかい表情を見せた。 「だから、見たらわかるだろ……。本当にキミは可笑しいな……」  いつもの憎まれ口を叩くヴィヴィだが、瀕死の状態でもこの物言いは変わらないので安心できない。ルカはゆっくりと抱えた頭を下ろすと立ち上がる。 「リュックを取ってくる! すぐに手当てをしてやるからな!」 「いや、手当ての前にあいつらの死体を燃やすんだ……。先ほど言った通り、ボクの傷は塞がってきている……」 「――できるだけ早くする!」  そう言い残してリュックが置いてある方へ駆け出した。  いつも見ていた背中を目で追い、ヴィヴィは小さく笑う。

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